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2019-07

心の成長痛@「恋は雨上がりのように」

これは、1人の女性の闘いの話である。
その女性、Kは就職先をやめ、お笑いの舞台に立つようになった。
どうにも下手だが、お笑いに出会ってからのKは会うたびに別人になっていく。
Kがテレビに出てくることなどないとわかりつつも、私はKを取材し続けてきた。
その一環でKの出たR-1も見に行っている。

KはR-1で散々な出来だった。
それは予想どおりの結果ではあったけれど、なんとなく気まずくて、私はR-1の日以来Kと疎遠になっていた。
季節は巡り、またR-1の開催が発表された頃、久しぶりにKから連絡がきた。
たった一言、「呑みましょう!」。
漢字のチョイスからして穏やかではない。
しかもKは私を家に招くという。
これまで自分の過去すらなかなか話さなかったKと同一人物とは思えない、ハイテンションなメールに私は面食らった。
もう酔っぱらっているのだろうか?
とりあえずパソコンのメールでは連絡しづらい、とSNSのアカウントを交換し、Kの最寄り駅だという駅に向かう。
手土産はKリクエストのワインと、パックされた生ハムとチーズのセット。
Kの指定した銘柄はコンビニにはなく、ターミナル駅のちょっと高級なスーパーによる羽目になった。
意外にもKは酒に詳しく、Kのお気に入りの「産地が違うからボジョレーではないけど、一番コスパのいいヌーヴォー」もなかなかのお値段である。

Kの住む部屋は一般的な間取りのアパートとしか言いようがないもので、私は少し落胆した。
「専門職をやめて、ド下手な芸人に転身したアラサー女性」の部屋なのだ、もっと衝撃的な貧乏長屋であってほしかった。
そんな私の不満など気付かないKは座卓に総菜を並べていく。
メインはトマトソースのかかったチキンソテーのようだ。
他にはカボチャのサラダにベーコンとキノコのパスタ、スティック野菜のピクルス。
随分と手が込んでいる。
もし私が来なかったらどうするつもりなのだろう?

「さぁ、食べましょう」

今日のKは威圧感がある。
酔わせないと話は引き出せないだろう。
しかし私は酒が強くない。
私が先につぶれないといいのだが。

そんな心配は全く必要なく、Kはほとんど1人でボトルを空にしようとしている。
砕いたアーモンドが入ったカボチャのサラダも、野菜のみじん切りのたっぷり入ったトマトソースのかかったチキンソテーもなかなかの腕前だ。
私はとりあえず食事に専念することにした。
みじん切りは面倒なので、私はあまり自炊でトマトソースなんて作ったことがない。
Kは料理好きなのだろうか。

「みじん切りってストレス発散になりますよね」

やっと酔って饒舌になってきたKが話し出す。
第一声からして不穏な空気である。
先ほどまで美味しかった料理も、Kの怨念のこもった「みじん切り」入りとなっては食欲もわかない。
私は黙って聞き手に回ることにする。
ただ、ここまで酔わないと話してくれなかった話を、Kは原稿に使うことを許してくれるのだろうか、と不安に思いながら。
さすがのKもワイン1本は飲み過ぎなのだろう。
話はあちこちに飛んで理解しづらい部分も多い。
だからこれは私がかなり整理をしたものである。




私はずっと1人でいようとしてきた。
そうしないといけないと思ってきたから。

―それはなんで?

私は人に好かれない。
私は人の気持ちがわからない。
私の感じ方は人と違うから、私の思う「人のため」は相手のためにならない。

―そんな決めつけなくてもいいのに。

決めたのは私じゃない。
医者が、カウンセラーが、教師が、両親が。
子供の私にとって「偉い人」が私はそうだっていうんだから。
まだ義務教育の子供にとって、周囲全員の大人の合意は絶対だった。
反抗することはできても、覆すことはできなかった。
だから私は1人を選んだ。
少しでも周りに与える不快感を減らすために。
生きていても許されるように。

―もっと相手を信じることはできなかったの?

私が信じてないのは自分だけ。
相手の事は信じてる。
周りの人はいい人だから、優しい人だから、私の事嫌いなのに酷い態度をとらないでくれている。
だけど普通の人なら気付く程度の嫌がってる空気だけ出してるはず。
私はそれに気付けない。
だから私は嫌われたってわかる前に離れないと。
分かってからじゃもう遅い、その時点でたくさん嫌な思いをさせている。

―でも私にはたくさん話してくれたじゃない。

ライターさんは好きか嫌いかの世界の人じゃなくて、役に立つか立たないかの世界の人だから。
私が役に立たなくなったら離れてくれる人だから。
だからそれまでは大丈夫。

―1人でいるのが好きなの?嫌だった?

好きとか嫌いとか考えたことなかった。
そうするしかなかったから。

―でもKは引きこもりやニートじゃないよね。働いてたら嫌でも人とかかわるじゃない。

だから全部「閉じてた」。
トリビア的な事とか、相手の話に相槌とか、決まった形のある会話はするけど、自分の事は話せない。
信用とかそういうことじゃなくて、話し方がわからなかった。
「閉じてた」間もずっと社会には出てたから、いろんな言葉や気持ちをぶつけられてる。
だけど「閉じてる」時って人の善意は伝わってこない、悪意は閉じても入り込んでくるのに。
なんだっけ、こういうの。
昔理科でやりませんでした?

―理科?

あ、そうだ。
半透膜と浸透圧。
私はカラッポで外は濃い「感情」が渦巻いてて、だから閉じても膜を張っても外から気持ちが流れ込んでくる。
だけど膜の穴は小さいから、大きな気持ち(善意)は入れなくて、小さな気持ち(悪意)だけ入り込んでくる。


ここでKは一旦口をつぐんだ。
もうこの時点で話しにまとまりがない。
ただわかるのは、Kが「自分は人と違う」という宣告を受けた結果歪んでしまったという事。
そしてその歪みを周囲の悪意が増幅してきたのだろうという事。
Kが宣告されたものは医学的な、もしくは正式な、病名だ。
それは前にKが教えてくれたが、Kは病名を公表しないで舞台に立つと決めている。
だから私もKの意思を尊重し、それが何であるかは言わない。
しかし、その病名の少年の犯罪が相次いだ時期がKの青年期と重なっていることを補足しておく。
その時期、インターネットでのその病名のバッシングは酷かった。
「隔離しろ」が穏健派というレベルである。
過激派がどんなものかは口に出すのもはばかられる。
Kはその時期インターネットにどっぷり浸っていたらしい。
当然、バッシングも目にしている。
自分の同朋が死を絶滅を望まれている有様を。
おそらくそれがKの「生きていて許されるか」という発言に繋がっているのだろう。

しばらくの沈黙の後、Kは再び口を開いた。




だけど、私がずっと「閉じて」生きてきたのを変えたのはお笑いだった。
芸人さんは貪欲で強引でわかりやすくてパワフルだった。
私は「モテたい」という気持ちがわからなかった。
口説かれるのをかわすって世の中で一番面倒な事だと思っていたから。

―今はどうなの?

メイクや髪型を頑張った日、バイト先の運送屋のおじちゃんに褒められるとテンションがあがるようになったのに最近気づいて。
ちょっと「モテたい」に近づいたかな。
だけど、それは「普通に近づいた」って良い事だけじゃなくて。

―悪いこともあったの?

彼氏と別れた。

―え?

あ、話してなかったかも。
私、結構長い事付き合ってた彼氏がいて。
付き合い始めたころはお互い似た者同士っていうか、恋愛のスキルが同じぐらいっていうか。
だけど私が変わっちゃったんだと思う。
元彼が「気遣いをしない」事が「裏表がない」だと思ってた。
元彼はそばにいてくれてる限り私を好きなんだと思うようにしてて、言葉を見てなかった。
今となってはあの人の事見てなかったのと同じだって思うけど、でもあの頃は本当にあの人の事好きだった。
どんなに無神経って言われるような言葉でも、「元彼の言葉は全部『I love you』って理解する」って決めてたから平気だった。
そういう関係を「長年一緒にいる夫婦みたいでいいな」って思ってたし。
でも、お笑いの世界にどっぷりいるうちに、今まで見たことないような生々しい人の気持ちに触れてるうちに、それは違うと思うようになってきた。
私の知らない複雑な感情がたくさん流れ込んできて、それは私を変えてしまった。
私だけ変わったから、一緒にいられなくなった。

―喧嘩したの?

最初は話し合おうとした。
「何を言っても『I love you』」って結局何も話してないのと一緒だと気づいたから。
でも上手くいかなかった。
私は自分は変わっても、まだ人を変えられるほどの力はなかった。
半年ぐらいかけてじわじわダメになった。

―彼氏と別れるぐらいなら、変わりたくなかった?

そうは思わない。
私は変わらなきゃいけなかったとは思うし、変わったからこそ一緒にいられる人たちもいるから。
今だって舞台に立つのを休んでいるけど、支えてくれる人がいる。
彼氏とかそういうわかりやすい繋がりじゃないのに、支えてくれる。
こういう人ができたのは私が「閉じる」のをやめたから。
あのまま「閉じて」たらきっと今はなかった。

―新しい彼氏は欲しい?

今はダメだと思う。
気持ちだけいろんな種類が増えて、それがまだ説明できないものの方が多くて。
今誰かと付き合ったら、自分に説明できない気持ちをどうやって話したらいいかわからない。
だからきっとちゃんと話せなくて相手を傷つけてしまうから。





Kの話が文章に書き起こせる状態だったのはここまでである。
ここから先は本当に酔っ払いの繰り言としか言いようがない状態だった。
そして終電を逃した私はKの横で眠るはめになる。

後日、この日の事を記事にしたいと頼んだところ、なんとKはOKだという。
「この『K』が私だってことは元彼ぐらいにしかわからないでしょうから」と。
しかしこの支離滅裂なドキュメンタリーだけで買ってくれる出版社などあるわけもなく。
私は途方に暮れて、一か月ほど記事を放置していた。


その間、いろいろKと結び付けられそうなトピックスはなかったわけではない。
有名なミュージカルや大ヒット映画も見る機会があった。

しかし私の目を引いたのは「恋は雨上がりのように」という漫画であった。
これは仕事で読んだものではない。
前髪が伸びすぎてやむを得ず飛び込んだ美容院に、この漫画は置かれていた。

ヒロインはケガで陸上競技から遠ざかり、バイトにいそしむ高校生。
バイト先の店長に恋をしているが、店長はずいぶんと年上、有体に言えば「オッサン」である。
しかしこの漫画は、オッサンが若い女の子に愛されるというよくある男のためのファンタジーではなかった。
メインとなるヒロイン「あきら」の物語は痛みを伴うストーリーだし、店長はヒロインの気持ちに応えることなく6巻まで話は進む。

あらすじを追っていこう。
ヒロインはケガの治療はひと段落しても気持ちは全く癒えていない日、土砂降りの雨の中で店長の優しさに触れる。
それは瞬時に恋に変わり、ヒロインはその店でアルバイトを始める。
本気でやってきた陸上競技をできなくなった直後であるとは思えないほど、生き生きとバイトに勤しむあきら。
季節のイベントが起きたり、サブキャラの恋が進行しつつ、ゆっくりと物語は進んでいく。

転機は6巻で訪れる。
あきらの前に、彼女に憧れて同じ高校を目指した少女が現れる。
少女もまた、あきらと同じケガを経験し、それでも陸上競技に戻ってきたという。
このシーン以降、あきらが目に見えて不安定になっていく。
突然バイトのシフトを増やそうとして、店長に心配される6巻最終話。
ここでの店長への態度はもはや八つ当たりである。

しかし、この変化は決して悪い事ではない。
バイト先の店長への態度としては大問題だが、あきらの成長にとっては避けて通れないポイントだ。
あきらは一旦陸上競技から逃げて、目をそらして、その間は一見安定していた。
陸上を本当にこのまま辞めてしまうのか、自分と向き合って、いや向き合わされて、前に進み始めた事で歪みが生まれ不安定になっていく。
店長はその不安定さの原因を見抜いていて、あきらを責めずに口をつぐむ。
一回り、いや二回り上でバツイチの店長は、彼氏となってあきらを支えることはできないと自分を律している。
そしてこの話より前の段階から、店長はあきらの恋心を燃え上がらせているものが何かを察している。
陸上競技から「逃げたい」という不安と逃げていることによる罪悪感だと見抜いている。
それを象徴するのが忘れ物をした客を追いかけた時の話をしているシーンだ。
店長は何の気なしに「もう追いかけなくていいよ」と言い、あきらの表情は微妙に変化する。
それを見て店長をまた顔を曇らせる。
大人である店長は、逃げたくなる気持ちも、逃げているからこそ何かにのめり込む気持ちも、分かっている。
分かっているから口をつぐむしかできなかったのだろうし、むしろその方があきらは自分で答えを導き出すだろう。

このあきらの感情の流れは、この前のKとよく似ている。
前に進むことが即座にいい反応を産むわけではない。
向き合って必死に足掻いているからこそ、不安定になるものだ。
そんな事に思い至って、急に背が伸びだした思春期の頃、膝に成長痛が起きたことを思い出す。

成長は痛いものだ。
成長期は不安定なものだ。

大人になるにつれ、忘れていくあの頃の記憶、感覚。
不安定で、理屈に合わなくて、いらだちと悲しみを繰り返す。
怒涛の変化を乗り越えて大人になる時間。
Kは今それを体験している。
「閉じて」過ごした期間の遅れを取り戻そうと必死で向き合っている。
今周りでKを支えている者たちは決して大人ばかりではないとKは言っていた。
10才近くも年下の人間にまでなりふり構わず頼っていくK。
間違いなく、Kは変わった。
その変化に今追いつけないでいることが納得できるほどに。

Kはかつて「心の中の澱をお笑いで洗い流している」と言っていた。
しかしそれは真実を一部しかとらえていなかったと私は思う。
心の中を洗い流したお笑いという「水」はKの中に沁み込み、Kの中の硬く凝り固まった部分をほぐしていった。
新たな「水」が常に流れ込んでくることで、心の中に流れができたこともまたKの根幹を変えていくだろう。



師走も終わりに近づき、街がクリスマスイルミネーションから正月飾りに変わる頃。
KからSNSのメッセージが来た。
再びライブに出るという知らせだ。
Kは闘い続けている。
足元がぐらつこうとも、前に進まなければならないと自らに言い聞かせて。
転んだときに支えてくれる誰かの存在を信じて。
私もKの「支え」の1人にならねばなるまい。
あのおっかないトマトソースを二度と味合わないで済むように。
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