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2019-10

ある女性のリベンジ@脱サライブインスパイアルポ

大人は若者に夢を見る。
それはとても一方的で身勝手な行為で、時には嫉妬で若者の足を引っ張る大人もいる。
けれどそんな大人に負けなかった若者だけが夢をつかみ、一生若者でいるという特権を得られるのだ。
そして負けて大人になった者がまた若者に夢を見る。
若者がいなければ大人は生きていけないくせに、若者より何かを得て大人になったと思いたがるものだ。
私もかつてはそんなくだらない大人を嫌悪した若者であり、今はそのくだらない大人の一人だ。
いや、くだらない大人の一人だった、と言うべきか。

しかし、大人と若者の交流の在り方は一つではない。
「自分は敗者だ」という事に気づいたがために縛られてしまった大人と、夢を追う若者の人生が交錯する時、予想もつかないような化学反応が起きる事もある。
これはそんな大人と若者の交流の記録である。





某年1月。
下北沢の本多劇場の取材の帰りに、私は醤油を切らしていたことを思い出した。
スマホで調べると駅まで少し遠回りすればピーコックに寄ることができるようだ。
グーグルマップに従ってピーコックの前までたどり着くと、大声で呼び込みをする若者たちに出会った。
「無料のお笑いライブ、7時からピーコックの4階でやります!」
駆け出しの芸人による無料ライブだろう。
世の中本当に無料のものなどそうはない。
このライブだって彼ら芸人が有料のライブに人を呼び込むための宣伝の一つに過ぎない。
通り過ぎようとした時、視界の端に妙に気になる光景が飛び込んできた。

30手前ぐらいだろうか、おばさん染みるには早いだろうに鈍色のオーラをまとったような女性。
ひっつめた黒髪に化粧っ気のない顔、およそお笑いライブになどふさわしくなさそうだ。
その女性を一生懸命ライブに呼び込もうとする若い男。
勧誘は失敗に終わるだろうと思いながら私はピーコックに入る。
醤油を買わなければならない。
ところが、その瞬間醤油など些細な事は私の頭から消え去った。
その女性が呼び込みの男性と共にエスカレーターに乗ったのだ。
まさか。
私は思わず彼女たちを追ってエスカレーターに乗った。
まるでウサギを追いかけるアリスのように。



ライブ会場はライブハウスでも劇場でもない、ただのがらんとしたスタジオだった。
教壇状のステージを設置しパイプいすを並べ、ついたてで楽屋を仕切っただけの代物だ。
予想通りテレビで見る顔など一人もいない。
先ほどの女性も既に席に着き、配られたチラシにのった顔写真を熱心に眺めている。
私も彼女の斜め後ろの席に座った。
すぐに電気が消え、ライブが始まった。

ライブの間、私はネタ以上にその女性が気になった。
案の定女性は大笑いすることもなく時々首をかしげている。
しかし、ライブが終わると先ほど呼び込んでいたのとは違う男と何やら話し込んでいる。
つい聞き耳を立てると、恐ろしく初歩的な質問が飛び出していた。
彼女は「コント」という単語の意味を知らなかった。
お笑いに無知というレベルを超えて、テレビやインターネットのある生活をしているのか疑いたくなるような会話の後、彼女はふっと笑った。
その瞬間、鈍色のオーラが少し晴れたように見えた。




半年後、私は彼女と新宿で再会した。
歌舞伎町の雑踏の中、彼女に気づいたのは偶然というほかはない。
そこはお笑いや落語専門の劇場の真下。
彼女はあれからずっとお笑いライブに通っているのだろうか?

しかし、始めはなぜ彼女が引っ掛かるのかわからなかった。
下北沢で見た鈍色の女性だとわかるまで数秒を要した。
あまりに雰囲気が違っていたからだ。
無造作にひっつめられていた髪は、大きなバレッタでまとめられ緩くウェーブしていた。
服装もカジュアルなパーカー姿で、どうやら化粧もしている様子だった。
そして何より、彼女は芸人らしき若い男の言葉に大きく口を開けて笑っていた。
彼女が冬の下北沢で見た鈍色の女性だと気付いた時、私は思わず彼女に声をかけていた。

話しかけた瞬間、彼女の顔が引きつる。
もし私が男だったらきっと話も聞いてもらえなかっただろう。
なんとか彼女とカフェで会う約束を取り付けると、彼女はまた劇場の方に向き直り、今度は二十歳そこそこぐらいの女の子と話し込み始めた。





三日後、渋谷のカフェで彼女と私は向き合っていた。
信じがたい事に彼女はミニスカートで現れた。
そして私が名刺を渡すと、彼女はKと名乗った。
「お芝居関係のライターさんなんですね。
あの日はコマ劇場にでも行った帰りですか?
そもそも役者でも芸人でもない私に話が聞きたいって、どんなことでしょう?」
私は冬の下北沢でKと出会っていたことを話した。
Kは照れくさそうに笑い、「あの頃は仕事を辞める直前で追い詰められていたから」と話す。
ああ、Kも若者に夢を託す身勝手な大人だ。
私と同じだ。
そう思いかけた時、Kの口からは予想外なセリフが飛び出した。

「この前話しかけていただいた時、今度お笑いライブに出るので、そのネタの相談をしていたんです」

お笑いライブに、出る?

「私はもともとネット上で小説を書いたり、ブログでそこそこのランキングに載ったりしてたんですよ。
 書くことが大好きで。
 それを仕事にする程の才能はありませんでしたけど。
 本当の性格はきっと目立ちたがりのおしゃべりです。
 働き出してから一度全く書けなくなって、でもお笑いライブに通ううちに書きたいって気持ちがあふれてきて。
 そんな時に彼らが手を貸してくれたんです」

Kは流行の表現を使うなら「アラサー」だ。
今更芸人になれるとでも思っているのだろうか?

「芸人になろうって言うんじゃないんですよ。
 今はエントリーさえすれば出られるライブが沢山あります。
 プロの芸人になれなくてもライブには出られるんです」

見透かされている。
大人にとって、何かに挑戦することは、何から利益を得ようとすることと同義だ。
その「利益」は多くの場合金銭を指している。
何かをやるためにやる、やりたいからやる。
それは若者の特権ではなかったのか。
一度大人になったKは、また若者に戻ったのだろうか?
そんな事があり得るのだろうか?

「もし私に何か取材めいたことがしたかったのなら、私の出るライブに来てください。
 あなたが私を見つけた下北沢の無料ライブですから。
 プロのライターさんが来てくれたら、私にダメ出ししてくれてる皆さんも喜びます」

私が呆然としている間に、名刺だけ残してKは席を立ってしまった。




Kに告げられたライブのあるその日、私は下北沢には行かなかった。
自分の気持ちを整理できなかったのだ。
そしてKのアドレスにメールもできないまま、秋は深まりもう冬はすぐそこに迫ってきた。
Kはまだライブに出ているのだろうか?
教わったツイッターのアカウントを探してみる。
私の予想に反して、Kはまだライブに出ていた。
いや、むしろ活動範囲を広げ、下北沢を飛び出していた。
お笑いファンとして芸人と、ライブを見る仲間と、繋がっていた。
さらには芸人としても交流を持つ相手を増やしていた。
Kのネタに駄目だしをする者、エントリーできるライブの情報を提供する者、後から振り返るための動画撮影に協力する者…
駆け出しの芸人たちが何人もKに協力していた。
そしてKは彼らの期待に応えるべく、次々とネタを書きライブに出ていく。
信じられない光景だった。
私は再びKに連絡を取り、カフェに呼び出した。



カフェに現れたKは前にもまして表情豊かに雄弁になっていた。
ライブの楽しさについてひとしきり語ると、声のトーンを硬くしてKは切り出した。
「聞きたい事があるから呼んだんですよね?」
聞きたい事はある。
でもそれが何かわからないから呼んだのだ。

「じゃあ、私が書けなくなった時の話をしましょう」

唐突にKは語り始めた。

「私、ネット上で小説を書いていた頃、本当は少女マンガのような甘い恋愛ものが書きたかったんです。
 笑っていいですよ?
 私、今は芸人なんで。
 でも甘い恋愛ものなんて需要もそんなにないし、私のキャラに合ってなかったんでしょうね。
 すぐにエログロを求められるようになりました。」

求められる事とやりたい事が違ったって事?

「そうですね。
 よくある話です。
 求められる事は嬉しかったし、人の文体をコピーするのが得意だった私はすぐにホラーや官能小説めいたものも書けるようになりました。
 でもずっと恋愛ものが書きたくて…それもファンタジーな世界での恋愛ものがどうしても書きたかったんです。
 そんな時、ファンタジーを得意とする男の子と掲示板で知り合いました。
 合作を申し出て、最初はその子に希望に合わせてホラーで。
 何作か書いた後、ついにファンタジーの長編にチャレンジする時が来ました」

合作は上手くいったの?

「いいえ。
 私はその子の才能の煌めきに当てられ、最後には一文字も書けなくなりました。
 自分にはオリジナリティがない。
 人のコピーは出来ても、人の書いた話の交通整理ができても、0から1を産むのは私にはできない仕事でした。
 そんな自分を嫌悪しながら小説だけは書き続けてていました。
 でもついに全く書けなくなった私は、その子とも音信不通になり作品は未完のままとなりました」

今でもその作品は未完のまま?

「ええ。
 あれを読み返したら、また書けなくなりそうだから…
 才能の煌めきって、遠くから見る分には綺麗だけれど、隣に並ぶと強すぎる光が刺さって痛いんですよ。
 だからそれ以来書くのを止めて数年はただただ働いてました。
 けれど、あの下北のお笑いライブがターニングポイントだったんですね」

ライブに出て人生が変わった?

「いいえ。
 変わったのはライブを見た時ですね。
 ライブの後芸人さんと少しブログの話をして…
 かつてのランキング、今は廃墟だってこともね。
 そうしたら彼らの目の色が変わって。
 真剣に『ブログにぜひ俺らの事書いてくださいよ』なんて言うんです。
 それからかな。
 ブログを再開して、ライブを見に行くお笑い仲間ができて、転職して。
 転職を機にイメチェンして、いろいろやるようになりました。
 その延長でネタを書いてみたら、彼ら芸人が全力でサポートしてくれて」

人に恵まれた?

「そんな感じですね。
 私を支援してくれる芸人さんの中で、一人、昔の自分に重なる男の子がいたんです。
 書けなくなる直前の私にそっくりな子」

それは、恋?

「まさか。
 本当に『男の子』ですよ。
 その子はとっても真面目で努力家で…
 あ、そこは私とは似てないんですけど。
 その子はコンビでやっていたものの、相方さんは派手な存在感を持つスタータイプ。
 そして発想力も持ち合わせていて、ネタも相方さんが主導して書いていました」

今はその子たちはどうしてるの?

「解散しちゃいましたよ。
 やっぱりあの子にとって、いろいろと負担が大きかったんじゃないかな、って勝手に思っています。
 それでも、あの子は諦めませんでした。
 ピン芸人になって戻ってきたんですよ」

Kさんはどうしてその話を私に?

「たぶんあなたが私に聞きたい事の答えだからです。
 『夢は叶えるもの』と言えば努力家で、『夢は見るもの』と言えば怠け者に聞こえますよね。
 でも叶う可能性の審査をしてから向き合った夢は、もう夢じゃない別の何かになってるんです。
 夢があるなら努力するのは当たり前です。
 けど、努力する前に審査をする必要はないと思うんですよ。
 高校ぐらいちゃんと出て健康でさえいれば、バイトでも餓死しない程度のお金は必ず稼げますから。」

ああ。
そうだ。
思い出してしまった。
私もかつては小説家を夢見た一人だった。
新人賞を受賞した作家ですら、受賞後もアルバイトをしないと生きていけない現実を知り夢を諦めた。
ライターになった時、文章を書いて食べている事でもう満足しようと決めた。

「じゃあ私はこれで。
 次こそは私のライブに来てくださいね?
 でないと取材料とりますよ」

慌ててカフェの伝票を握りしめ、ここの代金を持つことを伝えると、「もっと高い取材料取れるように売れないといけませんね」とKは笑った。





大人は若者に夢を見る。
夢を叶えた者だけが若者で居続ける特権を得る。
ずっとそう信じてきた。
しかし、どうも私の考えは間違っていたらしい。

大人は若者に夢を見る。
若者は自分で夢を見る。
叶おうが叶うまいが、夢を見て進み続ければ若者でいる事が出来るのだ。
一度大人になってしまっても、もう一度若者に戻る事だって出来る。


KやKを支える若者との交流を通して、世界は少し変わって見えた。
私も、もう一度若者に戻りたい。
KとKの支援者をモチーフに長編の小説を書く事。
それが私の新しい夢となった。



2014年 11月6日  (文)朽葉矢子



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