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2019-09

ファントム

これから見る人へ。
今回の記事はあらすじ解説一切無視、ネタバレ配慮なしなんであしからず。
あまりに気持ちが揺さぶられすぎていつもの感じじゃかけなかった。

宝塚版ではなく、大沢たかおのファントム。
ファントム=エリックの痛みが伝わってきて泣けるだけじゃなく、ほかの登場人物も皆息づいていて、それが話を深くするとともにより救いをなくしている気がする。
いや、結論から言えばエリックは救われている、彼なりに。
ラストシーンのエリックは本人的には幸せだろう。
だけどエリックがあれで救われているという事実が観客を打ちのめす。
エリックは結局死んじゃうわけだから。
それもやっと親子だと名乗りあえたキャリエールに撃たれて。
あれで救われているって、今までどれだけ不幸だったんだ、と。

「かわいそう」って感情は普通は優越感の上に成り立っていて、ある種の快感があることも多い、意識はしていなくても。
だけどこのエリックは「かわいそう」としか言いようがないのに、そのかわいそうさは「感動」みたいなプラスのものではない。
とにかく痛くて、目を背けたいのに見つめてしまう。
同じ「痛い」作品でも前に見た「サイドショー」の痛みは普遍的な痛みで、共感して泣いた。
でもエリックには完全な共感はできない。
エリックは圧倒的に理解の及ばない世界の住人だから。
普通の人間関係を一切経験せず育ったエリックとは、同じ言葉を話しているのに同じ概念が共有できない。
エリックには「好き」と「嫌い」しかない。
しかもその制御を知らない赤ちゃんのまま、成長してしまった。
「嫌い」=「不快」=恐れ、怒り、憎しみ。
そういった感覚の分化は曖昧にはしているだろう。
だけどその制御ができない。
大人になって理屈で結果を推測できるから、自分の利益のために踏みとどまる場合もある。
だけど他者の痛みなんて存在することすらわからない。
クリスティーヌに対してもそうだ。
自分の感覚をクリスティーヌに拡大することしかできない。
クリスティーヌにはクリスティーヌの気持ちがあることが感覚的に理解できていない。
それは地下に閉じ込められていたエリックの生い立ちでは致し方のないことなんだろうけど、それでもクリスティーヌとの関係を破たんさせた原因なわけで。

あまりにも痛い話。
だけど、なぜか人を引き付ける。
それはきっと役者の力。

1つ、あまりにも想定外だったこと。
新支配人のショレさんに泣かされた。
宝塚版じゃカルロッタはわかりやすく悪人、ショレさんは妻のご機嫌うかがってるだけ。
愛情をしっかり感じるシーンとかあまりなく。
演じてる方もその~、かっこいいとは程遠い人。
それが、今回のカルロッタとショレさんはラブラブ。
ショレさんはカルロッタにメロメロで、本気でカルロッタの歌を愛していて、妻のために全力で頑張る。
カルロッタもそんなショレさんに心から感謝し愛している。
この作品の中で一番「普通の愛」を持っているのは実はこの二人だったりする…フィリップが薄すぎるからねw
ファントムに殺されたカルロッタの遺体を前にショレさんが慟哭する。
「音楽は上等な人間だけのものか。
石炭堀りあがりじゃだめなのか。
俺は音楽はわからないけど、カルロッタの歌を聴くと幸せになれたんだ」
カルロッタは「殺されて当然の悪者」じゃなく「自己中だけど人を愛し愛されている一人の人間」。
そしてカルロッタを愛するショレさんはかっこいいし、その慟哭が痛い。
この慟哭を聞いて本当涙が止まらなかった。

そして、ショレさんがこうなることで、悪者カルロッタを成敗する無垢なファントム、という構図は崩れる。
結果、ファントム自身のゆがんだ自己愛が浮き彫りになってしまう。
確かにファントムは無垢だ。
でも無垢だから正しいことができるわけじゃないんだ。
みんなが持ってる垢には持ってないとダメなもんもあるんだよ。

キャリエールとエリックは今回も対照的だ。
キャリエールは自己愛と責任と他者への愛の間で引き裂かれ、苦しむ人。
エリックは自己愛と他者との折り合いをつけることを知らず、他者と関わることを望んだとたんに崩壊してしまった。
キャリエールはエリックが何も合わせる必要がなかった相手だからね。
そうじゃない他人や、世間のルールが介入したらエリックは崩壊してしまう。
「人を殺してはいけない」すら実感のない人なんだよ、エリックは。
結局なんで人を殺しちゃいけないかってのは、「殺される人が痛い苦しい、その人を愛する人が悲しい、法律や宗教で禁止されてる」なわけで。
他者の痛みが理解できない、法律なんて無縁の世界にいたら殺人は別にそんなとんでもない悪じゃないんだよね。
だからエリックは人を殺してしまう。
今となってはエリックが他者と接触できないのは顔が醜いからじゃなく。
まともに他者と関われないからだ。
キャリエールが自分を責める原因にはこれもあると思う。
エリックの母親と向き合えずエリックがああいう外見で生まれる原因を作ったこと、エリックが生まれてすぐ母親を失う原因も作ってしまったこと。
閉じ込めて辛い生活をさせたことに加え、あったかもしれない未来を奪ってしまったこと。
顔が醜いだけならまだなんとかなったかもしれないけど、今のエリックじゃたとえ顔が治っても「上の世界」に出られないから。
閉じ込めなければ、もしかしたら、あるいは。
そんな後悔。
そしてこのキャリエールは、自分がファントムの父だとクリスティーヌに言えない。
クリスティーヌにエリックの理解者として助言して二人の決定的な破局(エリックがクリスティーヌを殺して自分も死ぬ)を防ごうとはするけど、クリスティーヌに自分をさらけ出すことはできないんだ。
弱さを持ったふつうの人間。
なんだけど重いものを背負わざるをえなくなってしまった悲劇。

クリスティーヌのテーマは「少女の残酷さ」。
少女特有の愛を万能薬だと思い込むところも、それで相手を傷つけてるのに「傷つけるつもりはなかったの」といえちゃう自己中さも。
これは宝塚のも変わらないね。
エリックが仮面を外した後逃げちゃうシーン。
とてもリアルにあの感覚は分かる。
私でも高校生のころはあんなんだったよ。
愛していれば受け入れられないものなんてないと思ってた。
実際そうはいかないのにね。
でもあの年代の少女に大人が言ってもダメ。
だからその先には破滅しかなかった。
救いのない現実。

今回警部がかなり大きな役になっていた。
キャリエールの親友でもあり、一番の常識人でもあり。
ラストシーンは彼が一番ショックを受けているかもしれない。
エリックとキャリエールは二人の共通認識があるし、キャリエールは覚悟も元からしていただろう。
だけど警部は二人が親子と確信した直後にあの事件だし、警部は普通の人だから親が子を撃ち殺すことが親子双方
の唯一の救われる道だなんて想像もつかないだろうし。
ジャンクロードも結構活躍してたけど、これは宝塚版と印象変わらず。
優しく穏やかでかっこいいおじ様、それ以上は書き込まれてなかった。


役者個別語り。
大沢たかおの歌は初めて聞いた。
で、うまいか下手かは全くわからない。
芝居がものすごくいいから、もし下手でも多少のことは芝居のカタルシスの前に吹っ飛んじゃうだろうし。
心を動かされる歌だったことだけは確かだ。
孤独感、同じ言葉を話すのに別世界にいる人である違和感、そういうものがすごくよく表現されていたと思う。
芝居がすごい人なんだろうね。

クリスティーヌの杏とかいう子は…
この子はだめだw
私はこの子の役作りがまず受け付けないし、声も好みじゃなく、歌もうまくない。
なんであんなパキパキしたクリスティーヌなのよ。
というか歌はなんとかしてくれ。
カデンツァがひどすぎるし、高音部は悲鳴だし、「技術が身に着く前」を強調しすぎた冒頭のソロは騒音。
基本的にブログには悪いことは書きたくないが、この子はさすがにほめられないわ。
少女特有の自己愛、傲慢さ、キャリエールに言わせると「無責任な優しさ」、そういうものはしっかりあると思うけどね。

意外だったのが樹里ちゃん。
なんせクリスティーヌの歌がアレだから。
樹里ちゃんの性格的に派手な音痴歌唱するかと思ったんだけど。
普通に歌えるカルロッタだったw
あれじゃあカルロッタのほうがうまいんだけど…
カルロッタとショレさんの人柄が宝塚版だったら多分樹里ちゃんは派手に音痴歌唱だったろうねw
今回書き込まれて別人だからな、あの二人。
それでこういう役作りだったんだろうなあ。

フィリップはよくわからない。
印象が薄すぎる。
ストーリーで重要な役目の割に、フィリップに思うところが全然ない…

キャリエールさんは歌で泣かせてくれた。
すごく豊かな歌だった。
親子の名乗りをする歌なんてもうね…
あんなに泣く予定はなかったんだ。

でも、VIPはショレさんだ。
かっこいい。
本気で妻を愛して守っているところが。
ブケーの死体を前に、反射的にカルロッタの前に立ちふさがって「見るな」っていうわけよ。
そのシーンがかっこよすぎる。
ショレ夫妻の変化が作品のムードをかなり変えているのもあり、VIPはショレさんしか考えられない。
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