2018-07

傷と強さと@米津玄師と濱田祐太郎

今更ながら米津玄師にハマっている。
最初は自分から聴いた訳ではなく、確か他人のカラオケだ。
アイネクライネの歌詞が何かその時の「私に必要なもの」だったのだ。
その後、LOSERをエンドレスリピート、今はLemonを聴き続けている。

誰しも心に傷を抱えて生きている。
だけれど、その傷は2つに分けられると思うのだ。
1つは切実な痛み、自分を蝕む痛み、自分の生きる上で差し障りとなる傷。
もう1つは、甘い痛み、懐かしい痛み、痛みを感じることが一種の快感となった傷。
2つめの痛みは自分の中で再生を繰り返しながら、誰にも言わずに生きている人が大半なのではないだろうか。
これを外に出したところで、今の世の中では「ウザい」とか「かまってちゃん」と言われて終わりなのだから。

米津玄師の歌は、2つめの痛みを思わせる作りなのに、その根底に流れているものは1つめの痛みに思える。
自分を蝕む毒に体を投げ出して、そこから流れてくる血を歌にしているような。
彼の歌に浸っていると、自分の抱える1つめの痛みが、共存しがたい痛みが和らぐ気がする。
そして2つめの痛み変わったそれに、愛着を持って共存できる気がするのだ。

一番耐え難い痛みをもたらすのは、一番大切な人との別離だ。
死別であっても、生き別れであったとしても。
元々が一番大切な相手だから、痛みを紛らすために忘れるなんてできない。
いや、できてもしたくない。
だから彼の歌が必要なのだ。
甘い痛みなら共存できる。
愛する人を自分の人生の「差し障り」に変えず、ずっと抱えて生きていける。

LemonもLOSERも喪失の歌だ。
もちろんそれ以外にもいい歌はたくさんあるのだが、彼の彼にしか出せない魅力が一番あふれるのは喪失の歌のような気がする。
一体どんな人生を送った人なのだろう。
興味はあるが、私はあえて調べていない。
その方が自分に都合の良いドラマを描いて歌を聴くことができるから。

私もこの年だ。
たくさんの「喪失」を経験しながら生きてきた。
その中には純粋な哀しみだけを産むものもあった。
でも、悲しみ以上の後悔や、時には憎しみを伴う喪失もあった。
それらは今も傷として私の中に残り、時に棘として私の中に残っている。
幸せが近づいてきた時、その棘が私を刺す。
「今更お前が幸せになれるなんて、許されると思うのか」
「自分はここにいるぞ、ここにあるぞ、それを忘れるな」
その棘は私の中に新しい傷を作る。
毒を含んだ傷はじわじわと腐り、私の中で溶けて広がっていく。


後悔のない人生も、憎しみのない人生もない。
そんなことをいくら知っていても、目の前の「私の」痛みには無力だ。
立ち直るには、立ち上がるには、そんなものじゃダメだ。
傷を忘れられない、忘れたくない。
でも傷に負けてしまうわけにはいかない。
だから、傷にコーティングをする。
そしてその標本と生きていく。
そのコーティングをしてくれるのが彼の歌だった。

「あれ以来」ずっと抱えてきた傷の痛みは消えない。
私の心の奥底でしっかり根を張ってしまったそれは、もう私の一部だからだ。
だから、私の救いは痛みを消してくれることではない。
共に生きられる痛みに変えることだ。

彼の歌がヒットするのは、きっと皆私と同じなのだろう。
傷を無くすのではなく、傷を愛したい。
難しい事だけれど、本当に良い創作にはその力がある。





そして、絶対に共存できない封印するしかない傷もある。
甘い痛みに置き換える事すらできない、ただただ痛いだけの傷。
大事な人につけられた傷ではなく、不特定多数の、つまりは「世の中」がつけた傷だ。

今回のR-1ぐらんぷりで優勝した盲目の漫談師。
彼は私の傷をえぐっていった。
ネタのクオリティの問題ではない。
彼がステージに立つことそのものが私の傷を思い出させる。
もちろん、これは私のごく個人的な問題だ。
ビッグネームしかいない審査員が彼を優勝と判断した事実には一切変わりはない。

私が大勢の前で「障害者」として演説していたのは20歳から24歳までのわずか4年間。
けれど、あの時期についた傷はもう消えないのだろうと思う。
今でもこれだけ心が揺さぶられるのだから。
あれから何年経ったのか。
肌も曲がり角を曲がり、干支も巡り、初めての白髪に嘆き、年を重ねてきた。
それでも消えない。
若い頃の柔らかい心に刺さった棘はもう抜くことができない。

私があの体験で知ったことは、「可哀想」という言葉の鋭利な切れ味。
憎しみを向けられるより辛い事があるという事。
善意によって傷つくと立ち上がれないという事。
私は負けず嫌いな人間で、人から向けられた悪意や憎しみはむしろ私を奮い立たせる。
けれど、善意はダメだ。
少しずつ足元を崩されて、いつしか立ち上がる事すらできなくなる。

善意に傷つくことを繰り返すと、誰かと共に生きる事ができなくなる。
あの頃の私がそうだった。
今でこそ、自分が好きな相手の善意に限りそのまま受け取る事もできるように変わってきたけれど。
あのR-1の審査員の言葉選びに、私は勝手に過去の私の聴衆を重ねた。
そして私が勝手に傷ついた。
全て私が勝手にしたことだ。

けれど。
これだけは声を大にして言いたい。
善意にも悪意と同じぐらい、時にはそれ以上の人を傷つける効果があるという事。
そして、善意の棘が刺さるのは「弱者」が多い。
子どものうちに善意の棘が刺さった人間は、大人になってから苦しむ事になる。
その後、別の番組で濱田祐太郎が「障碍者はみんないじりOKなわけじゃない」とちゃんとコメントしていることも知っている。
私も年を重ねた。
自分の痛みを理由に彼を批判するなんて、愚かしい事と知っている。
だから、一度だけ、今これを書いたらこの思いはもう封印しようと思う。

どれだけ頑張っても、褒められても、私は「障害」が付きまとう限り幸せを感じられなかった。
私の場合は人生の中で「障害」が自分のアイデンティティ形成に関わりすぎていたんだろうと思う。
だから、彼が羨ましい。
「障碍」に触れて認められても、「自分の力」を自分で信じて、優勝を喜ぶことができる彼が。
それだけの強さと健全な心を持つことができたことが羨ましい。
私なら、絶対に喜べない。
いや、まず障碍を公開するどころか障碍をネタにしてR-1に出ようなんて思えない。

結局、勝てるのは常に「強い」人間なのだ。
彼は強かった。
ネタの良し悪しだって大事な事だ。
だけど、それだけじゃ「一番」にはなれない。
人として強くなくては。
人として、真っすぐでなくては。

「世の中」なんて変わってくれるものじゃない、とは今でも思う。
身勝手な善意で若者の心に棘を植えても、人を「可哀想」と言う悦びに浸る集団だ。
私も「世の中」の一員だけれど、悪意と毒にまみれている私が「善意の棘」を批判する資格すらないとも思う。

そんな中で、全てを笑い飛ばして、優勝をもぎ取って笑う彼は凄い。
彼の言い回しを真似するなら、「白杖で全てを蹴散らして生きている」といったところだろうか?

あの「強さ」は私も見習わなくてはいけない。
もう自分の中の棘に負けている場合じゃない。
あの決勝から二週間も経って、やっと心の整理がついて決意表明。
今でも私は充分に弱い。
けれど、強くならなくては。
年を取って、頑なになった心にこれだけの揺さぶりをかけた濱田祐太郎。
やっぱり彼は凄かった。
これからテレビで見られる日々が楽しみだ。
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