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2017-12

奇跡に見えない奇跡@一年遅れの逃げ恥話

幸運の神様は前髪しか生えていない。
迷っていたら幸せはつかめない、という意の格言である。
しかし、古来から日本では女性の黒髪を愛でていたはず。
百人一首には後姿の姫もいるではないか。
「男の背中」だって、かっこよく描かれている作品はいくらでもある。
それでも、幸運の神様には前髪しかない。
ただの後ろ髪のハゲた爺さんか、本当の神様か。
その「賭け」に勝つという最小限の幸運がないと、幸せにはなれないのかもしれない。

しばらく前に流行ったドラマ、「逃げるは恥だが役に立つ」。
その主人公、星野源演じる平匡(ひらまさ)。
彼は前髪をつかむことに成功した男だ。

平匡は社会人としては優秀な、ある意味典型的な「恋の苦手な理系男子」「草食男子」といった風貌だ。
原作コミックよりドラマの方が人当たりが柔らかく見える気はするが、これはストーリーの違いというより星野源の持ち味だろう。
そんな平匡は日々仕事に生きていて、家事は家事代行サービスに頼んでいる。
家事代行サービスの会社を変えようとしたとき、みくりの父の推薦でヒロインのみくりが送り込まれてくる。
このみくりはドラマ版ではガッキーなので、そりゃあ可愛い。
しかし、別に平匡は可愛い子が来たからがっついた訳ではない。

なぜか、みくりは「平気」だった。

端的に言うとこういう事だ。
みくりは最初から特別だった。
理屈ではない、理由なんてわからない。
性が絡むような、欲からくるような、そんな熱でもない。
陳腐な言い方をすれば運命。
そして、平匡はそれに気付くことができた。

昨今は「コミュ力」だの「コミュ障」だの言う言葉が人口に膾炙している。
コミュニケーションは最後の「人の専売特許」だからだろう。
このコンピューターの進化した社会において、人が機械に勝てるものは減り続けている。
そして第三次産業従事者比率も年々上がっている。
もうコミュニケーション能力の差が、人としてての能力の差なのだ。

でも、私は改めて問いたい。
「コミュ力」って、なんだ?

例えば、スポーツ。
かのウサイン・ボルトだって水泳は大したことあるまい。
能力というものは1つの軸だけで語れない。
複数の能力の総合点であって、その計算法も足し算だったり掛け算だったり。
さらに種目が違えば、求められる能力も違う。


コミュニケーションも同じだ。
職種が、性別が、地位が、地域が違えば求められるコミュ力は違う。
平匡とみくりはコミュニケーションにおいて、全く別種の問題を抱えていた。

平匡に欠けていたのは「コミュニケーション欲」。
平匡にとって、恋人はどうしても必要な存在ではなかった。
だから結婚願望もなかった。
社会人としては優秀だから、会社では悪くない扱いを受けている。
徹底したお調子者や、全てを見透かすような老獪な古狸が何かと構ってきて、、程よい距離感で彼の周りには人がいた。
平匡から誰かにぶつかっていく必要のない日々。
このまま平坦な人生が続いていくはずだった。

一方、みくりの方がいわゆる「コミュ障」に近いだろう。
モテる女子のように振る舞えない。
社会が自分に対して求めるイメージを演じられない。
だからいい仕事がない。

そんな二人が出会った。
出会ってしまった。
このチャンスを逃せば平匡はもう誰かに深入りすることはできないかもしれない。
それほどの出会いだった。
平匡はそれに気づくことができた。
みくりは平匡にとっての「前髪しかない幸運の神様」だった。




私は平匡に共感した。
共感なんて綺麗なものではない。
見ていて息ができないぐらい、のめり込んだ。

私にとっての「前髪しかない幸運の神様」はお笑いだった。
「エッセイ」カテゴリをブログに開設してから私がずっと書いてきた「K」の物語。
これは私の人生を脚色したものだ。
私が仕事で行き詰っていた頃にお笑いに出会い、のめり込み、この世界に根を張るまでの物語。

私は自分の事を書くのが最も苦手だ。
だから「K」、朽葉(くちば)の頭文字というバレバレな形であってもフィクションの形をとった。
冷静な「未来の私」と共存させなければ書けなかった。
ここに来てそのパッケージを変えるのは、ようやく自分自身と向き合う覚悟をしたからである。

これは、私の半生の歴史だ。
面白くもなんともないだろうが、書かなければならなかった。
書かずにはいられなかった。
私が生きていくには、前に歩いていくには、これを書くしかなかった。






話のきっかけは小学生まで遡る。
私はいじめられっ子だった。
比較的のんびりした地域の、それも小学生のいじめだから、不登校になったり死を望む程のいじめではなかった。
しかし、このいじめで私という人間の土台にわずかながら歪みが生じたのも事実だ。
いじめのきっかけが良くなかった。
友達が少ないながら、本好きで成績のいい私は大人受けのいい子供だった。
褒めてもらえるから、居場所になるから、と私は学級委員を好んでやっていた。
学級崩壊という言葉が成立したかしないかの時代。
社会の変化についていけなくなった老いた元・名教師は、私にクラス内のトラブル解決に協力することを求めた。
思春期に差し掛かった年頃はただでさえ難しい。
運動は万年ビリで休み時間は本を読んでいるタイプで、しかも学級委員で教師から言われた事がきっかけでトラブルに首を突っ込んだ私。
いじめに遭うのは必然だった。
そんな私を見かねて両親は私に中学受験をさせた。

私はのびのびと中高時代を過ごした。
オタク気質の子とキャリアウーマン指向の子が共存する不思議な学校で、この学校生活には良い思い出が圧倒的に多い。
問題は家庭にあった。
私の両親は非常に「いい親」で、私は「恵まれていた」。
最先端の医療、最先端の治療を受けていたのだから。
当時の私の名前は「ADHD」。
まだ発達病院の診断、治療を受け入れている病院は数えるほどしかなかった時代。
名前ではなく診断名だろう、誤字ではないのか、とこれを読まれている人は思うだろう。
「名前」でいい、これは誤字ではない。
大人になって振り返ると、当時の私の担当医は医者として問題がありすぎる言動をする人だった。
とはいえ当時の私は無力な子供。
「コミュニケーションや感情の制御に問題がある」という医者のお墨付きがある子供。

私の叫びは誰にも届かない。
盗んだバイクで走り出したい年頃なのに、親への反抗は一切できない。
親が押さえつけるからではない。
親が壁にならないからだ。
思春期の反抗というのは、子供が親を超えて自立しようとして起きる衝突だ。
私の両親は私がぶつかろうとすると、馬跳びの馬のように丸くなってしまう。
私が両親を跳び越すと、その先には医者が待ち受けている。
私の激しい情動はADHDによるものだから、親が対応せず医者に診せる方が良い、という理論だ。
親にぶつかろうとすると、医者にぶつかってしまう。
私の「反抗期」は完全に行き場を失った。

医者は医者で私をもてあましていたことだろう。
当時、ADHDの治療は「子どもの障害」として日本に入ってきたばかり。
小児科は元から日本では15歳前後で卒業することが多い。
そんな状況で中学生の発達障害の治療など、まず前例がほとんどない。
だから元々ハードルの高い状況だった。
その上私は理屈っぽい本の虫でIQだけは高い。
「アメリカで使われてきた、子供向けの説明」は私にとっては、馬鹿にされ幼児扱いされているという感覚しか産まない。
当時、ADHDには今は投与できないとある薬が使われていた。
処方の際の説明の中で最もポピュラーなものは「メガネと同じで、苦手を補ってくれるものだよ、あなたがバカだから飲むんじゃないよ」というもの。
「メガネは目が悪い人がかけるものだが、私はIQが高い」と当時の私は反発した。
私はこの説明で納得できるほど子供ではなかった。
「頭全体が悪いわけではない」けれど「脳が苦手とする部分を薬で補う」という説明が通用する大人でもなかった。
中学生なのだから、そんなものだろう。




ここから私の迷走が始まる。
思春期の女子だ、対人トラブルなんて本来当たり前のことだ。
私もクラブ活動の派閥争いでもめた。
今思えば普通の女子中学生らしいトラブルだ。
詳細を書いても何も面白くないであろう、ごく普通のトラブル。
トラブルの最中とて私は普通に学校に行っていたし、学校に行きたくないとも思っていなかったし。
しかしADHDという名前のせいで、これだけのトラブルにカウンセリングが発生する。
ただの風邪に4種類の薬を二週間出します!という状態である。
こうして必要以上の薬が毒になっていく。

悪い事は重なるもので。
発達障害と診断される犯罪者が相次いだ。
元より発達障害は遺伝するとかしないとかモヤモヤとしていた状況でのことだ。
ここで、わずか15歳で結婚を諦めた、中二病をこじらせたようで、それより質の悪い何かが誕生する。

それでも時がは過ぎ、私も大学生になった。
大学時代、本当にもう笑えるくらいモテない。
受験太りを成人式までに解消しさらに痩せたが、それでもモテない。
正確に言うと、30代後半のオッサンにはモテるのだが、さすがにお付き合いは遠慮させていただきたい、と。
恋愛に夢いっぱいで、結婚にも夢を見てるか「遊びたいからまだまだ先かな」が一般的な年ごろである大学生。
しかし私はこの時既に結婚を諦めている。
そんな自棄を起こした女に寄って来るのはクズと相場が決まっている。
私のだめんず人生の始まりである。
パソコンが全世界になった私はサイトを作り、ブログとチャットと掲示板での交流に夢中になる。
大学時代にゼミの人以外でアドレス交換した相手はたった一人で、しかも彼女とはもう今は親交がない。

そんな私が二十歳で初めて恋をする。
ここで変われるのか?
答えはNOである。
私の初恋は彼氏に巣食った病魔に負けた。
その時託された言葉は私の中に今も生きている。
「好きなように生きろよ」
今も私が達成できない、人生の宿題として。





ベストセラーの「五体不満足」を覚えているだろうか?
「当事者が語る」ブームの到来の中で大学生を過ごした私は、発達障害当事者として学会などで語る機会を得た。
そこで始めて知る、「悪意よりも同情が怖い」という感情。
でも「理解してもらえなければ、まともに仕事もできずに人生詰む」と信じていた私は耐えた。
さらに時が過ぎ、私は「発達障害の専門家」として働くことになる。

この職場で私はどんどん歪んでいった。
シンプルに職場の水が合わなかった部分ももちろんある。
だが、それ以上に私の譲れないプライドが邪魔をした。
簡単に「A君はアスペっぽいね」などと口にする職員たちに私は耐えられなかった。
同意を求められた時、基本的には濁していたが、ある時ついに言ってしまった。
「私は専門家です、だから私は確固たる根拠もなしに障害かもとは言えない」
空気が変わった。
味方もいなかったわけではない。
けれど、味方より敵の方が職位が上では、限界があった。
そして大学時代からこの頃までの間に、私は仕事以外でも迷走し続けている。

「私を嫌っている人といる方が楽」
当時の私の言葉である。
医者が変わり、その過程でさらにこじらせた私は、自分を徹底的に信用していなかった。
「自分は嫌われている」を前提に行動する習慣が染みついていた。
私に対して好意的な人も「私を嫌いっているはず」なのだから、そういう相手と接するには「真意」を探り続けないといけない。
だからそういう相手との付き合いは重い負担になる。
罵倒されても心を凍らせるだけでいい、だから「私を嫌っている人といる方が楽」なのだ。
ここまでくると、彼氏ができないとかモテないというレベルではない。
モテたいという感情すら忘れていた。





その発言から半年後、私は下北で運命の出会いをする。
呼び込みの無料お笑いライブ。
私はもともとお笑い好きではあった。
受験勉強の合間の息抜きはお笑いのネタ番組を見ていた。
中でも「エンタの神様」が大好きだった。
それより前には落語や猿回しが大好きだったし、幼い頃は父の膝でバカ殿を見ていたはずだ。
ただ、そんなこと、働くうちに忘れていた。
呼びこまれたライブはとにかく楽しく、その日一番気に入った芸人を起点に通うライブを増やしていった。
その過程で更新を辞めていたブログも復活させた。
ライブ仲間もできた。

お笑いは私にとっての「前髪しかない幸運の神様」になった。


芸人たちは皆、私が忘れていたものを持っていた。
自分で凍らせ、いつしか凍らせたことすら忘れていた感情が溶けて溢れていく。
その間に仕事を辞めてフリーターとなっていた私は、ついに正気の沙汰ではない暴挙に出る。

お笑いライブに出てみたい。

エントリーのために資格など要らないライブは結構あるのだ。
やってやれない事はない。
私はこの時、芸人になろうとした訳ではなかった。
誰も、自分すらできないと思っていたことをやってみたかった。
二次創作メインとは言え、ネットに小説を上げ続けて10年。
ネタを書けないことはない、演技は一切できないが。
そこから2年。

その間に出会いと別れ、1つの恋を始めて終わらせた。
どんどん私の世界が広がって私が変わっていく中で、元彼は変わらない。
私が変わった分だけ溝ができていき、それは修復不能な亀裂となった。
恋が終わったぐらいで世界は変わらない。
でも、周りの私を見る目は確実に変わっていく。

お笑いライブを主催しないかという話が持ち上がった。
それは願ってもないチャンスで、私は必死で準備に勤しんだ。






お笑いライブに行くようになって以後、かなりマシにはなったが基本的に私は人とのかかわりが苦手だ。
自ら「閉じて」「凍らせて」いた期間が長すぎた。
ブログの中の「朽葉姐さん」としてなら、「オタクでコミュ障」はキャラで済む。
外で、オフラインで動こうとした時に、コミュ障キャラは何の言い訳にもならない。
だからライブのためのメールをさばくだけでも必死だ。
毎回20組ぐらいの芸人に声をかけ、彼らの都合や希望とのすり合わせを必要ととする事態も起きる。
自分自身もライブでステージにあがるし、受付スタッフもする。
日々、へとへとだ。
スポーツで言うなら、スタミナが決定的に足りない状態の私。
限界なんて、とっくに超えた。
だが、なぜか頑張れる。

お笑いは好きだ。
だけどそれだけではない。
最もいいタイミングでお笑いに出会い、最もいいタイミングでライブの話が来た。
幸運だった。
一瞬だけ、幸運の神様が私の前を通り過ぎた。
そして私はその前髪をつかむことができた。

でも、これは物語ではない。
私の、現実の、記録だ。
ハッピーエンドになんか到底たどり着けそうにない。

そうすぐには普通に生きてきた人に追いつけない。
出遅れた分を突然追いつけるなんて方法はない。
でも、私は絶望はしていない。
毎日の筋トレで少しずつ筋肉がついていくように、心だって少しずつ変わっていくものだから。
職場の飲み会に出るようになり、昼休みを職場の人と過ごすようになった。
面識のない芸人にライブ出演交渉のために話しかけに行く。
鳴らないのがデフォだった携帯に日々LINEの着信が入るようになる。
以前の私には考えられない変化だ。

全てが上手くいくわけではない。
冷凍して解凍した食材が全て美味しく食べられる訳ではないように、一度凍らせた心がすぐに元通りになるわけもない。
おそらく私は一生だめんずうぉーかーだろうと思うような「事件」もつい先日にあったばかりだ。
凍らせて、解凍して、食べられそうなものだけ選り分けて、残りを冷凍庫に再びしまい込む。
しまい込んだところで食べられるようになるわけではないけれど、ゴミとして出せる日までは凍らせておくのがベストなのだ。
パンドラの箱を開けて、最後に残ったものは希望。
最後に残った希望を抱きしめて、これから先も足掻いていくしかない。

前髪しかない幸運の神様の、唯一残った前髪が全て抜けるまでしがみついてやる。
私が這い上がるのと、神様が禿げあがるの、どちらが早いか。






人生にはきっと「変わるための唯一無二のチャンス」がどこかに落ちている。
そのチャンスをつかんだからと言って、必ずしも社会的に成功できる訳じゃない。
もっと内面の、ごく個人的な変化のチャンスだ。
もしかしたら、それは他人には見えないかもしれない、
人に言えないようなささやかな変化かもしれない。
それでも、自分の主観の中では人生が変わる。
そんな瞬間がきっと誰にでもある。
「逃げるは恥だが役に立つ」はそのチャンスをつかむことができた二人の物語だ。
ガッキーが可愛い、星野源がかっこいい。
それは事実だが、それだけであれほどのヒットはできない。
あのドラマがヒットしたのは、「誰にでも起きうる奇跡」の話だからだ。
そしてその奇跡を信じる心を希望と呼ぶのだろう。

私はこれから、私が希望をもらった世界で生きていく。
誰かの希望を作り出すために。
だから、もう逃げない。
これはカッコ悪いし面白くもない、だけれど本当の決意表明だ。

さぁ、今日も私はライブに行ってブログを書いて、メールを送る。
私の明日のために、誰かの希望のために。
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父になる日@11月12月のびーちぶじゅーじ

だーりんずさんのトークライブ(ネタもあり)、毎回22時開演で終電との闘いがあるけれど、それでもつい行ってしまうライブ。
しかも11月と12月はネタもあってお得な回。

11月。
ゲストはゾフィーさん。
キングオブコントの決勝で問題作を演じてしまったもの同士のトーク。
ここも面白かったけど、オープニングの小田さん遅刻話がもう。
りんすさんの家族にまで受け入れられてる小田さんとが何とも可愛らしい。
いや、オッサンなのよ、なのに子供みたいな可愛さが一瞬垣間見えるのがいいのよねえ。

ネタの方はというと。

珍しい、漫才。
りんすさんのドリームをぶち壊しにかかる小田さん。
それに対する、りんすさんの「経験あるの?」という台詞はツッコミなのだろうか?
テンポ感がトークの時と同じで、りんすさんの話し方って本当聞きやすいのよね。
癒される漫才という新ジャンル。

二本目はドタバタコント。
ダンディなバーのマスターと、落ち込んで酒を煽りたい客。
あ、マスターがりんすさんね。
ところが鳴り響く火災報知器のベル。
そうなった瞬間、マスター豹変。

三本目。
夢を追って東京に出たいりんすさん、それを止めに来た小田さん。
ん、年齢設定はいくつだ?
衣装がTシャツジーンズだから年齢がすぐには読めないのよね。
まさかの実年齢!そこに至るまでが暴かれていくのだけど…
小田さん、りんすさんの事好きすぎでしょ。

この後、客からの質問を読み上げてトーク。
「一番よく使う小道具は?」に意気揚々と「白髪のカツラ」と答えるりんすさん。
ちょっと待て、カツラは衣装じゃない?
ちなみにびーちぶには「だーりんずのソファ」と呼ばれる、薄いあずき色のソファーがあります。
そう、あの伝説のネタ、「パパはチェリー」でも使用されていたアレよ!




12月。
ゲストは東京ホテイソンさん。
なんとゲストまでネタをやってくれるサプライズつき。


だーりんずさんのネタは1本目は陶芸家のりんすさんと、弟子入り志望の小田さん。
「覚悟」を問われて身の上を語りだす小田さん。
あれもないこれもない、何もない。
一見覚悟の塊だけど、ちょっと何かがおかしいぞ?
最後に小田さんの鞄から飛び出すキーアイテムが、彼ららしい。
いい感じに小田さんの役がダメ人間。

2本目は小田さんの正体不明さがホラーすれすれ。
おそらく舞台は駅のホーム。
りんすさんにいきなりぶつかってきた、歩きスマホの小田さん。
「謝れよ」的な展開になると、小田さんが想定外の行動に。
「お前は小学生か?」って、彼らの実年齢考えるとトンデモナイツッコミだよ。




東京ホテイソンさん。
「神楽」由来の独特のツッコミが特徴の彼らだけど、実はコレを始めてまだ一年もたっていないんだとか。
今日のネタは「虫取り」だったのだけど(最終的に河童出てくるけど)、あのツッコミは汎用性高いな。
ていうか、まねしたくなるのよね。
歌舞伎の見栄をきる時のような独特の動き、ギョロっとした目、あの発声。
3つそろって初めて生まれる面白さ。
しかもコレ、幼児の頃から慣れ親しんでる伝統芸能がバックボーンだから。
こういう特殊なバックボーンがあるって強いよねえ。
しかもまだ若い!



小田さんが完全にもう親心なのよ、東京ホテイソンさんに対して。
普段仲の良いソニーのオジサマたちといる時とはまた違う顔。
ネタの中では無邪気な悪意とか、悪意無き災難とか、そんな感じの小田さんなのに。
それがこんなに親心になるなんて。
(実年齢は干支一回り以上違う上、芸歴も何倍のレベルで差があるからねぇ

質問カードはほとんど読めなかったけど、そうなるぐらい盛り上がってよかったわ。
そして合間合間のマツモトクラブさんのしっとりとした語り。
ソニーの大人チーム、強し。

師走の綱島@12月のツナコメ詰め合わせ

今月も通ってるよ、ツナコメ。
防犯の日と、通常と一回ずつ。


防犯の日。
電撃ブリッツさん。
しっとりした雰囲気の、居心地のいい喫茶店。
ダンディーな初老のマスター。
美味しいコーヒー。
ところが数分後、店はバータイムになる!
後半のスピードアップしてからがすごい。


モーニングマンさん。
取り調べでアリバイを聞いたら、外食に言ってたと話す容疑者。
その話し方がおいしそうでおいしそうで…
気が散る刑事。
ソワソワしながらも平静を装う。
最後、容疑者は釈放されるようだけど…



イタリー中村さん。
あの濃い顔で、大仰な演技で、演じる人物は小市民。
ギャップを最大限に活用した芸風。
今回のネタは殉職したくない刑事。
「撃つなら撃て!(ガクブル)」な状態。
時々冷静に戻ってカッコよく「撃て!」と言う時と、オロオロしている時の落差がすごいの。



シロクマズさん。
落ち込んでる時、道で怪しいオジサンに声をかけられた。
「漫画読まない?」
オジサンの鞄から出てくる怪しい漫画の数々。
怪しいっていうか、パクリ疑惑?
でも読んでみたくなるわ、コレ。



年内最後のツナコメ。

キズもんさん。
何やら暴走しては坂本さんに泣きつくヒカルさん。
坂本さん坂本さんと懐くヒカルさんが、困ったことに可愛い。
見た目は可愛いとは程遠いのに、可愛い。
そしてヒカルさんに頼られた瞬間の坂本さんの一瞬のドヤ顔。
この人、いかにもいい人に見えてこんなムカつく顔ができるんだわ、と感心。


オフさん。
ブラックジャックにあこがれる、とネタは始まるものの…
「ライバルが増えて」
ちょっと待て、どういう設定だ。
彼らの不思議すぎる世界観、クセになるわ。
ただ、この世界には住みたくない!


東大ヤンキー澤山さん。
ムカつく人を裁判にかけていく、というフリップネタ。
有罪になった時に執行される刑が地味に恐ろしい。
というか東大ならではだな、コレ。
徹底的な権力の私物化。


この日は大喜利付き。
澤山さんの回答が私的には好みだったわ。
それにしても…蛾野正洋さんの画力。
似顔絵はもう商売にできるレベル。
大喜利優勝、おめでとう!


さて、今年のツナコメは終了。
来年も楽しみだわ。

お婆さんにハズレなし@マッハスピード豪速球大単独ライブ「マッハ4」

マッハスピード豪速球さんが「大単独」と銘打つにはわけがある。
季節ごとにネタオンリーの単独ライブや「裏マッハ(大単独の振り返りトークライブ」等やる中で、この「大単独」は規模が別格。
今回は吉祥寺の武蔵野公会堂。
キャパ350。
お笑いライブではオペラグラスを使う慣習がない事を考えると、コントライブとしてはもうこれでほぼ最大級なんじゃないだろうか。
これ以上キャパ大きくするんなら、グッズでロゴ入りオペラグラスでも売ったらいいんじゃないかな!


さて、ネタの感想がメインであるはずなのだけど、映像もすごいのよ、マッハさん。
坂巻さんはもう映像の方でプロとしてお金とれるレベル。
今回のテーマは「すぐ会いに来る芸人」。
北海道から沖縄まで。
ナレーションのセクシーJさんもどう聞いても地上波テレビレベルのお仕事で、この本気のクオリティで本気の男子の馬鹿が見られるのはなんとも贅沢。
そう、この映像、ところどころで挟まる馬鹿がいいの。
泥酔した坂巻さんとか。
お風呂場で修学旅行みたいにはしゃぐマッハのお二人と作家の宇野さんとか。
すぐエロいお店に行きたがるガン太さんとか。
各地でのライブもそりゃあ感動的だし、すごいよ。
だけどこの馬鹿さが私は好きなのよ。

私はマッハさんの何が好きって、「悪意の描き方」が好きなのね。
毒があるのに強すぎず。
無邪気で天真爛漫に見えて、底に鋭い何かを秘めている。
そのネタを書いてるガン太さん、このネタを書くのが納得の人柄。


さて、そろそろネタの感想へ。
今回のネタは新ネタと今年のミニ単独のネタと混合。



OPコント。
水戸黄門とタイムトラベラー。
設定がなんというか…ランダムに言葉を組み合わせたのか、ってレベルの破天荒。
水戸黄門の扮装はしてるけど、このコントのストーリーに水戸黄門関係ない。
坂巻さんがOPコントに出てこない?!と焦るガン太さん。
そこへ私服の坂巻さんが現れて…
タイムトラベルしたんだ!と言い出す。
未来から来たことを信じてもらおうと奮闘する坂巻さん。
M-1の優勝者は~って、え?!
そしてガン太さんもアッサリ受け入れて、この単独は「今のガン太さんと未来の坂巻さん」でお送りすることに。
マジか。



断ち切り神社。
会社で仕事する二人。
坂巻さんは最近神社で願掛けして禁煙を始めたらしい。
なんでもその神社は「大好きなものを断ち切って願掛けをすると大きな願いが叶う」ところらしく…
先に禁煙していたガン太さん、激怒。
そりゃあそうだ。
今からでもなんとかしてくれってお前から神様に頼め!と言い出す。
いやいや、坂巻さんどんだけ偉い人なのよ。
ガン太さんが無邪気にジャイアンでイイ。



定年退職。
小さな居酒屋の常連で今日定年退職する坂巻さん。
そこの店主、ガン太さん。
いいムードでお別れしようとした瞬間…食い逃げ?!
そこから始まる泥仕合。
ツケも払ってけ~!から話はこじれ…
だけど最後はスッキリ納まる。
初見の時はもう少し毒のある作りだった気がするけれど、このバージョンもいいわね。
それはそうと、この時点で白髪のカツラが二回目の登場。
なんだ、今回老人率高めか?



席どうぞ。
マッハさんってお婆さんが入ってるネタは絶対外さない。
彼らのネタでお婆さんが出てきたら、鉄板で面白い。
なんだこのジンクス。
というわけでこれも本当面白い。
ていうか私は今回のネタでは一番好きだ。
席を譲ろうとした若者に「年寄り扱いするな」とネチネチ嫌味攻撃したお婆さんが、電車が止まった途端座らせろと言い出す。
若者豹変。
この「老人の身勝手」が本当に描き方が上手い。
過剰にデフォルメされてるのに、身に覚えのある卑近さがあるの。
若者も決して立派な好青年じゃないのね。
だからこそ対等に罵り合える。
どちらかが正義ではないからこそ、ただの勧善懲悪じゃない笑いが生まれる。
この毒が癖になる。



婚活パーティー。
ガン太さん女装!
本気の女装!
結構様になってるから恐ろしい。
お金持ちニートの坂巻さんと付き合うべきかどうか葛藤するガン太さん@女子。
設定はリアルに三十路女子らしい。
お金大好き婚活女子に対しては、ものすごく辛辣なネタだけど。
ここまでデフォルメされたステレオタイプな婚活女子だと、リアリティが薄まる分毒が強くても笑いになるの。
彼らはこのバランス感覚が絶妙。



母は占い師。
すごく歪んだ家を描くコント。
見ようによっては、今回一番「社会派」なコントかもしれない。
手相占い師の母は息子に「いい手相」と言い続けて育てたけど息子は落ちこぼれて…
手相を何かのメタファーと捉えれば、いくらでも小難しい事が言えるだろう。
だけどそんな考えを吹っ飛ばす勢いで、坂巻さんの女装がけばけばしい。
ガン太さんの息子がダメすぎる。
最後の最後まで、この家族の歪みは1ミリも改善しない。
むしろさらに糸が絡まってオチになっている。
親子関係で悩む人にこそこれは観てほしい。
何もかも、大したことじゃないから。



介抱。
再び女装ガン太さん。
今回も若い女だけど、婚活の時と衣装は別。
イメージ的に、合コンっぽい感じのワンピース。
で、泥酔して道端で座り込んだところを解放してくれる人のいいおじさんが坂巻さん。
「娘みたいなもんだから安心しろ」と言って介抱してくれるけど、おじさんには実は娘はいない。
この台詞から先、どんどん坂巻さんの演じるおじさん気持ち悪くなっていく。
最初は本当に人のよさそうな感じだっただけに、この急な転落が気持ちいい。
ここまで豹変できるのか、と驚いた。
あらためて、芝居力のあるコンビだなあ。
さすが養成所時代が長かっただけの事はある!
(彼らのトークライブ参照)




告別式。
これはなんだろう、ある種箸休め的なコント。
モノマネメインで、ダジャレ的な言葉の面白さ。
郷ひろみファンの女性の告別式での旦那と息子の一コマ。
坂巻さんのモノマネのクオリティが絶妙。
上手すぎず下手過ぎず。
「素人である高校生男子のやる、郷ひろみのモノマネ」として非常に適切。
ここでクオリティが高すぎてもひいちゃうもんね。
それはそうと、この告別式、参列者も大変だわ。





コート。
メルカリでコートを買ったら、取引相手が急逝。
お母さんである老婆(坂巻さん)がコートを持ってうちまで来ちゃった!
イイ人であろうとするガン太さんと、攻撃的な毒をもつガン太さんが交錯する。
葛藤するだけじゃなく、もっと深くもつれ合う。
現代社会への風刺も少しだけあるように思うけれど、ジェネレーションギャップが哀しい。
そして、亡くなった取引相手もちゃんと人間としてキャラクターが立ち上がってくるの。
その場にいないのに。
この「見えるような気がする」力こそが演技力なのかもしれない。
面白さはといえば、「お婆さんが出たら確実に面白い」のマッハさんだから。
最高。
このネタも好きだわ。





エンディングコント。
OPコントの続き?!
この演出はニクいねえ。
見に来ないとわからないオシャレさよ。
脱帽。


終演後の一コマ。
mahha4
ガン太さんは全身グッズ装備。
(私は手帳とステッカー購入)

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プロフィール

朽葉

Author:朽葉
このページの管理者、朽葉。
とにかく生のステージが好き。
お笑いメインに、芝居、宝塚と西へ東へ。

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