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2010-05

太王四神記映画版

金返せ~な出来だったw
端的に言えば。
やろうとしたことはわかるし、悪くない。
が、中途半端。
まずお金かけなかったのか何なのか、小さい箱での上演が多いのもよくない。
あの程度のスクリーンで見るのなら、舞台の方が圧倒的な迫力だ、で終わってしまう。
拍手やらなんやら全部加工して消した努力は認めるが、映画だと言うならフィナーレはカットするべきだったと思う。
ラインダンスの撮影法が素人レベルだったし。
プルキル様のシーンだけ画面がふよふよ揺れるのも生理的に不快。
確かに銀橋のシーンは銀橋が見えないように足元切って撮ってたり、工夫は見られるんだけどさ。
いかんせん中途半端だ。

次回作に期待。
多分行かないけど。
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トリック劇場版

血迷ってパンフまで買ってしまったwトリック劇場版。
面白いは面白い。
トリックらしさもある。
だけど、いつになく、重い。
それはモチーフのせい。
私ですら知っているリアルな迷信がモチーフで人が死ぬから。
超能力はなくても、あの動機での殺人は日本のどこかで本当にありそうな悲しさと怖さがあるから。
それが重い。

トリックはミステリー要素あるからネタばらしはしないけどw
見る価値はある。
だけど重いよ。
テレビの新作の方がまだ軽い。
だけどお勧め。

絹の靴下

見終わった後ハッピーなミュージカル。
本人の努力のたまものとはいえ、最近の樹里ちゃんに回ってくるお仕事はうらやましい限り。
今回も歌よし、キャラよし、ストーリーよしの三拍子。
ヒロインのわたるさんも反則のかわいさ。
真面目に考えたら厳格な共産党員のソビエト人ニノチカとアメリカ人スティーブの結婚なんて上手くいくわけがないけれど、エンディングだってリアリティにはかなり乏しいけれど、ハッピーなオーラに包まれるとそんなものは吹っ飛んでしまう。
ねずみさんは初めて見たけど、かなり実力のある人なんだと思う。
彼方君はラダメスだからまぁ顔なじみw

ニノチカ@わたるさんのかわいいシーンランキング
3位ブティックで何もわからず右往左往するシーン
  朝の6時に待ち合わせをするとハイテンションで決めるシーン
(同率3位。決められなかったんだもん)
2位スティーブ(ねずみさん)に初めて着たドレスを褒められるシーン
1位ボロフに「女性がレースやサテンを着ることに意味があるの?」と聞くシーン

お堅いソビエト女性でも、女はみんな綺麗になりたくてオシャレが好きなもの。
オシャレを嫌うのは何らかのトラウマでもない限りあり得ないことだったりする。
(オシャレの優先順位が低い人はそりゃ少なくないが)
1位のセリフは自分自身の心の声と、ソビエトの規範の間で揺れる表情がなんとも言えず。
その上「女性性」の芽生える瞬間にしかない魅力がきらめく。
女性は、女としての意識の覚醒する瞬間、その瞬間だけの揺らぎが何とも言えない魅力になる。
それが表現できる大人の女性ってなかなかいないんだけどね。
だいたいはそれは10代になる前に終わってしまう瞬間だから、その魅力にすら気付けないものだから。
三十路まで男役だった人だからこそ、自らの女性性の覚醒を客観視できたんだろうと思う。
とうこちゃんにもこの「女性性の覚醒の瞬間」を表現できる女性になってほしいんだけどねえ。
この前のコンサート見てると若干不安が…
わたるさん、あんなにデカいのに(つか相手役よりハッキリ大きい)可愛い。

ただ初めて選ぶドレスはあんな品のいいステキなやつじゃなくって、安っぽくてショッキングピンクでリボンでフリフリでもよかった。
でもってやっぱりドレスは似合わないと落ち込むニノチカ(わたるさん)にスティーブのねずみさんがあのドレスを渡す。でもって
「似合わないなんてことないさ。ほら、僕の選んだドレスを着てみてよ」
でもって見違えた自分にぽーっとなるわたるさん…
あ~~~~萌えだ、絶対萌えだ。
我ながら恥ずかしい発想だけど、これ絶対萌えじゃん。
初めてのメイクはたいていお化け化するようにw女に目覚めて初めて選ぶもんはひどいほうがリアリティあるんだよね。
そこから洗練されていく、または男にいいもん選んでもらって変身するっていうのは萌え。

さて、樹里ちゃんの役。
頭の弱いお色気女優の役、ジャニス。
なので髪色はかなり明るめ。
英語で「ブロンドの」は頭の弱い、って意味もあるからね。
そしてまあそのお色気でソビエトの作曲家なんかメロメロにしちゃうわけで。
頭の悪さも許容できてしまうコケティッシュな女性。
まぁその、バストはアレなんでセクシーさというのは本当「ムード」なんだなあと。
最後までどんでん返しもなく、おバカでエロい女優なんだけど、だけどこの作品には絶対必要かな。
ニノチカの対比としても必要だし、それ以上にボロフが魅力的になる。
発想はとんでもないし、最終的にニノチカとスティーブがモメた原因の映画の改変言いだしたのはジャニスなんだけど、なぜか憎めない女性。

彼方君筆頭のソビエトトリオは非常に人間くさくてよろしい。
綺麗な女に弱くておいしい食べ物とゴージャスなホテルにあっと言う間に染まってしまう、というかパリに来られてルンルン、な駄目党員。
社会主義が失敗したのは、結局のところ相手がロボットや神じゃなく人間だったから、という話なわけで。
人間だからムダでも綺麗なものがほしいし、サボれるならサボりたいし…と。
情けない駄目男だからこそ、共感を誘うし。

私は偶然ラッキーなチケットが降ってきたんだけど、それ抜きにしても今回はいい公演だった。
この前のサイドショウみたいに考えさせられる公演もいいけど、何も考えずにハッピーにしてくれる公演もいい。

それにしてもボロフは最後にカッコよく変身してもよかったのに…w
それやったら完全少女漫画だがw

虞美人

えりたんは劉邦さま。
あやねちゃんのサヨナラ公演でもある。
といっても私は3回しか見てないわけだが。

キムシンの好きな役者がだいたい見えてきたw
じゅりあさんはかなり愛されてるね。
えりたん劉邦の妻なんて本来2番手娘役のやる役のはずがじゅりあさんに回っているんだから。
じゅりあさんは美人で華があるのになぜかエキセントリックキャラが定着してしまった人。
エンターザレビューのコロンビーヌちゃんなんかかなり可愛かったのにね。
今回も実に怖くて綺麗で上手い。
西太后とか行けるんじゃないだろうかw
劉邦はあの妻じゃなきゃ大成しなかっただろうとも思えるモーレツな人。
「后」の貫録は充分。
誇り高くて、本心を劉邦以外には見せなくて、強くて激しくて美しい。
虞と対話するシーンなんてもうね、鳥肌もの。
スカステ見る限り、素のじゅりあさんはノリのいい可愛らしい普通に美女な女役さんなんだけどなあ。
舞台に上がるとああも変わるとは。
あっちが素だったらすごいなw
あと、やっと私の見たいまりんさんを見られた!
あの人はやればできるんだからさ、お笑い担当以外でガンガン使ってほしい。
今回の宦官なんてもうね、あの魑魅魍魎ぶりはまりんさんじゃないと。
よくよく考えると嫁入り前の女の子が睾丸取られた男を演じるってものすごい話なんだが。
本当、キムシンは嫌いなんだけど、ただ今回の配役だけはマジでGJ!
じゅりあさんとまりんさんにあれだけの役を振るのはキムシンだからで、他の演出家じゃあり得ないだろう
(キムシンはオグリであの二人と仕事して、かなり使ってるからね)

「並び立つ二人の英雄」と言うけれど、劉邦と項羽のキャラは真逆。
もし現代に産まれていたなら
項羽:まっすぐな自衛官や警察官。まっすぐすぎて出世できず、最後は内部告発やってつぶされる。
劉邦:売れっ子芸能人またはホスト、と言いたいところだが自称ミュージシャンのヒモやホリエモンだった可能性も否定できない。
こんな感じ。
劉邦はなぜか人に愛される男だけど逆に人間性にはいろいろと難がある。
項羽は真面目で熱血漢で優秀な人物だけど人望には欠ける。
項羽はまりんさんを切る時「あなたは平和な時代に産まれていたらよかった」と言うけれど、劉邦は「平和な時代に産まれなくてよかった」人。
平和な時代に産まれていたら確実に「愛してくれる人」に甘え切って堕落する。
戦乱時代に、しかも呂みたいなモーレツな妻がいたからこそ大成した人だ。
その点項羽はいつの時代に産まれても優秀な人だっただろう。
それが報われるかどうか、というと報われない人だろうと思うけど。
「真面目で人を裏切らない」半面、「人が裏切ることを想定して行動できない」「自分の正義に反する意見は全く聞こうとしない」からねえ。
自分が裏切らないのはいいけど、人が裏切ることも想定できないんじゃあ最後にはハメられるのが目に見えてる。
おまけに人の意見が聞けないわけだから…
と言いつつ。
范増を殺す時は范増が悪くないのわかってるんだよね。
これはどういうことなのかイマイチ私も解釈が固まってない。
同じ理屈で劉邦を殺してもおかしくはないのに(1幕最後の場面)許しているしね。

そして。
項羽は最初から愛を知っている。
愛する者を守るためには時に痛みを伴う、他人を傷つける選択をする覚悟が必要であることを知っている。
一方劉邦は愛を知らない。
呂に詰られ「決めるのはあなただ」と張良に突き放されて初めて、「選ぶ」痛みを知る。
項羽か呂と部下か。
どちらもは選べない。
でもどちらかを選ぶかは劉邦次第。
それは劉邦には初めての試練。
本当は選ばずに大切なもの全て自分の周りにおいて暮らせればいいのだけど。
21世紀の日本ですらそれは難しいことで。
そして、この「選ぶ痛み」によって劉邦は初めて人間として歩み出す。
「生き残った者こそが悲劇」というセリフへとつながる、本物の人生に。
生き残るためには悪事にも手を染めなければならず、そのことはだんだんと自分の中で澱になっていく。
それは自業自得なんだけど、それでも本人にはまぎれもなく「悲劇」だと言えると思う。

えりたんは芸風からして人間臭い人。
その人が劉邦だと、本当生々しい。
人間で、駄目なところありすぎて、弱いから選ぶこともできない奴で、でもなぜか魅力的で。
最後に勝つのは間違うことが合っても人に愛される人。
「治める人」と「戦う人」の違いを韓信が言うけれど、治めるには愛されないといけないんだろう。
英雄は英雄にしか見いだせないと張良は歌う。
それはその通りで、それは同時に英雄と普通の人は共感しあえないことを示している。
だから、王は英雄じゃ駄目なのだ、と。

あやねちゃんの虞は、儚くて消えそうで、だけどとても強い女性。
呂が火なら、虞は水。
私の好きな悪女系は見られなかったけれど、だけどとてもあやねちゃんらしかった、とも思う。
悪女と聖女がどっちもハマるのがあやねちゃんだから。
ああ、やっぱりあやねちゃん大好きだ。
「捧げて捧げて捧げつくしたら消えます」
こんなセリフ、言えるのあやねちゃんぐらいだ。
あやねちゃんは下級生のころから不思議に母性を感じさせる芝居だったし(これは私の主観だが)
まだまだ見たかったよ…
でも、タイトルロールだし。
神々しい虞美人、本当素敵だった。


相変わらずえりたんビューなせいで下級生がなかなか覚えられず。
その中でお気に入りなのが彩城レアちゃん。
今回は虞を慕う男(どう見ても虞より年下w)だったんだけど。
うまく言えないんだけど、なんか好みだ。

今回はなんというか、上級生が実力で目立ちがちで、下級生が沈んだ公演だった気もする。
ハッチさん、まりんさん、じゅりあさん、まっつ、みつる、めおちゃん、ふみかさん、ここら辺大活躍。
だいもんは活躍してたけど女役だし、まぁくんが印象薄かった。
キムシンも割と上級生好みな人だからなあ。
何やらせてもキラキラしてるみつるやめおちゃん、とにかく上手いまっつにじゅりあさんにふみかさん。
ここら辺に役をまわしちゃうと下級生はかすむんだなあ。
難しいね、配役って。

プレシャス

日比谷シャンテシネで見た映画。
救いのないストーリーの中にある希望、まぁこのテーマ自体最近増えてるんだけど、でも、それでも、マンネリとは私は思わない。

この映画のヒロインはアメリカのハーレムに住む黒人少女、16歳、ピザ。
母親に虐待され、実父の子を2回妊娠し、一人目の子はダウン症で母親が嫌がったため一緒に暮らせない。
一家は生活保護で暮らし、教育を受けること、努力することそのものに否定的な母親。
そしてヒロイン、プレシャスも学校は留年し、それでも学年相当の学力が身に付かず、さらには2度目の妊娠を理由に退学を宣告されてフリースクールに転校する。
フリースクール入学時に受けた学力テスト「GED」は2.8というスコアで、年齢相当(高校入学許可レベル)は8と言うから、相当だ。
イメージ的には小学校2~3年レベルの学力だと思う。
なんせ「Day」が読めなかったんだから。
正直、一般的な育ちの日本人に実感を持つことが難しい環境だろう、私を含め。
プレシャスはそんな環境でも、学ぶことを諦めなかった。
教師や級友の助けがあったとはいえ、そのパワーはすごい。
その「諦めなかった」ことがプレシャスの世界を変えたのだと思う。

プレシャスは虐待を受けている時、スターになった夢を見る。
それをプレシャスも「普通の」あこがれがあるのだ、という解釈をする映画評があったんだが、私はそうは思えず。
エンターテイメントとして「華のある」場面を挿入した、以上の意味を感じてしまう。
なまじ精神医学もかじっているもんだから、この「夢想」を「虐待からの逃避」、乖離性障害一歩手前に見てしまう。
その精神病寸前の危うさがリアルさでもあるわけなんだが。

プレシャスは「クラスで発言したことのない」落ちこぼれだった。
でも、そこから変わっていく。
フリースクールでは「とにかく書きなさい」と言われ、文法も単語もめちゃくちゃでも書いて、表現して、議論して、それがプレシャスを変える。
そして変わってきた矢先に迎える出産、父親失踪。
出産後母親の虐待は悪化し、子のためにもとプレシャスは家を出る。
そしてその全面的バックアップをフリースクールの教師がする。
その教師の家でプレシャスが見たものは、教師がレズビアンだったという事実。
事情があったのは生徒だけではなかった。
レズビアンを差別する母親の言動がさんざんあったのに、先生を受け入れるプレシャス。
これも「教育」が彼女を変えたのだと思う。

そして母子施設に入ったプレシャスのもとに母親が父親の訃報を持ってくる。
父親はエイズで死んだ、と。
感染を危惧し「病院に行った方が」と母親に言うプレシャス。
「アナスセックスしてないから大丈夫」と疑いもしない母親。
ここにも「教育」の差がリアルに出ていて、悲しいような複雑な気持ちになる。
いくら1990年前後とはいえ、その頃にはもうエイズがゲイだけの病気でないことはわかっていた(だからプレシャスは検査に行ったわけだし、級友が垂直感染を心配する描写もある)
それを知って行動できたプレシャス、疑うことすらできなかった母親。
この差の悲しさはレイプや実父の子を2人妊娠、というショッキングな「不幸」より身近で、同情ではない共感があった。

結局プレシャスのHIV検査は陽性。
学校で声をあげて泣くプレシャス。
それでも、学校をやめない。
死ぬことよりも授乳禁止が悔しいと言う。
その強さは、私にはないもので。
圧倒された。

そして最後の場面。
福祉事務所でソーシャルワーカーとプレシャスと母親が向き合う場面。
プレシャスの生まれ月すら覚えていない母親。
虐待を容認し、虐待に加わり、それでも心に傷を抱え、「私を誰が愛してくれるの?」と泣く。
その言い分はどこまでも自己中心的で、プレシャスへの愛情なんてものは感じ取れなくて。
それなのに、最後には取り上げたプレシャスの第一子をプレシャスに返す。
一方プレシャスも母親に共感はしない。
「私は頑張って学力をあげた、高校に大学に行くんだ」
「(母親が)辛い思いをしたのはわかった、今までわからなかった私は馬鹿だ、もう会わない」
そう言って子ども2人を抱いて部屋を出て行く。

まだ17かそこらでもプレシャスはしっかり母親になっていた。
母親を理解したうえで切り離す、大人の判断もできるほど成熟していた。
その変化は希望。
余命が長くないのがわかっていても。
この映画には泣かなかったけど、でも感動しなかったわけではなくて。
引き込まれ圧倒され、泣くのを忘れていた感じ。
すごくクオリティの高い作品だと思う。


あ、有名歌手が出てるらしいよ、この映画。
私歌手の外見なんて全然わかんないから知らないけど。
そもそも洋画もハリポタ炎のゴブレット以来だしw
ヒロインのプレシャスはこれがデビューらしいよ。
そういう背景はさっぱりわからなくても入り込めるから大丈夫。
これは本当にいい作品だ。

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プロフィール

朽葉

Author:朽葉
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とにかく生のステージが好き。
お笑いメインに、芝居、宝塚と西へ東へ。

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