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2019-04

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最近のウェブコミックいろいろ@多数欠、シャッフル学園、せんせいのお人形、それでも蝶は舞う

無料で漫画が読める(著作権侵害系のではなく、オリジナルの漫画が読める)アプリにドハマリし、現在3つもダウンロードして毎日巡回に余念のない私。
仕事が山積みの状況で何やってんだ、って話だが、今日は閑話休題、ちょっとした息抜きだ。

一番昔から見てる漫画アプリがコミコ。

これで今一番楽しみにしてる(ぶっちゃけ課金してる)のは「せんせいのお人形」。
タイトルがザ・エロな感じなんだが中身は実に健全。
親戚をたらいまわしにされ荒れ切った少女を引き取った男性教師。
少女の感情はまだ未発達で、恋と親への慕情の区別もまだ自信がない。
教師の側が常識人である事も一因だが、それ以上にこの少女の未熟さが恋愛への移行を妨げる。
少女のもともとの聡明さと、未発達な感情のギャップ。
無邪気に、高校生に見えないぐらいはしゃぐ一面と、一瞬後には年齢以上の聡明な顔。
このアンバランスさが本当に可愛い。
同時に、これは大人として手は出せないなと。

そして最近読み始めた「それでも蝶は舞う」。
仕事を勤め上げ子供も全員巣立ったお爺さんがバレエを本気で始める話。
最初は周り全員が反対だった。
だんだん孫が、妻が、軟化してくる中で唯一頑なな長男。
そしてこの数週間の更新分で実はお爺さんが認知症を抱え、でもそれを家族に告げていない事が明かされる。
お爺さんの急に見える変化は、こういう事だった。
残された時間は少ない、それでも足掻くお爺さんと、それを認めない長男。
漫画的に言えば長男は悪役なのだろう。
けれど、私はもういい年で。
介護というものの現実を考えてしまう。
長男は将来的に介護のキーパーソンになる立場だ。
だからケガのリスクの高い事を新たに始めることに賛成できないのもわかる。
バレエのスタジオでお爺さんの指導もしている青年は、認知症の事を知ってから必死に彼なりのフォローをしている。
そしてお爺さんを辞めさせろと怒鳴り込んできた長男に反論もする。
このシーンを見て、「この対応が理想的でしょ!」と同居親族に説教垂れる遠縁に見えてしまう私。
読めば読むほどつらくなるけど、目が離せない。



ガンマ!というアプリでは多数欠シリーズが今イチオシ。
異能力バトルものでメイン登場人物は中高生多数。
シリーズ1から今やってる3まで全部読んでるが、毎回設定が変わって飽きない。
シリーズ2では主人公が9割眠り続けるというトンデモナイ設定が来るけども。
頭脳と体力のバランスがちょうどいい。
このシリーズの要となるのが「権利」「特権」と呼ばれる一種の超能力。
テレポートのようなオーソドックスなものから、ついた嘘が数秒間本当になるといったファンタジーなものまで。
特権>権利だったり、権利にも数種類の分類があったりと設定が細かい。
その細かさが話を緻密にしている。
単体では弱い権利が組み合わせで強くなるような、少年漫画っぽいシーンがあったり。
ストーリーも良いのだが、小中学生のショタたちが本当に本当に萌えるのでそれだけでもチェックする価値がある。
私は今までショタ萌えって一切なかったのよね。
なのにこの漫画だけは本当ショタが魅力的。

ガンマ!だと他には卓球漫画の「卓越のサンシャイン」とダンジョン探求ファンタジーの「迷宮マンション」、幼稚園児アイドルの「プチ☆スターズ」がお勧め。




最後は一番最近入れたピッコマ。
ここは前半を「待てば無料」で読めるので、既に書籍化されたものを試してから買えるのがいい。
喰いタン!はドラマでドハマリしていたのをここで読み直し。
あの能天気に見えて繊細な気遣いと、傍若無人と計算のバランスが最高。

めしぬま。はただ冴えないサラリーマンがものを食べるだけの漫画。
食べるものもコンビニの肉まんやら牛丼屋の牛丼なのだけど、本当に美味しそう。
深夜に読むと飯テロもいいところだけど。

あとは問題作「シャッフル学園」。
設定の面白さは素晴らしい。
ただ絵のグロさで読み返しにブレーキがかかってしまい、どうも設定を読み込み切れなかった心残り。
イマドキの流行要素もキッチリ取り入れているし、これは面白い漫画だ、グロ耐性に自信があればぜひ。


毎日かなりの時間を漫画に費やしているけれど、後悔しないぐらい面白い。
昔漫画雑誌に使っていた程度の課金額の課金で済んでいるのもありがたい。
いい時代になったもんだ。
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妄想欲を超える可愛さ@こぐまのケーキ屋さん

今更だけどゲットしたよ。
初版じゃないけどね。
ツイッターの第一回更新分から追いかけてるけど、紙媒体はまた格別。

可愛い。
癒される。

それはもちろん。
だけど、紙媒体で改めて読み返すとね。
「店員さん」のドラマを妄想したくなるよね。

働くと決まった翌日から店員やってて。
アパートで独り暮らし。
店員になる前の職業もわからない。
そして、こぐま店長にたいして何の抵抗もなく「店長扱い」をちゃんとしている。
どんな人生を送っていた人なんだろう。
家族は、友達は。

こぐまの過去はちゃんと描きおろしがある。
とはいえ「なぜ二足歩行?なぜ人語を話す?」は明かされないのでファンタジー補正はしているけども。
こぐまの過去も泣ける。
こぐまが、彼が彼として存在していることが、1人の老人を救っていたこと。
耐え難い心の傷を、こぐまが癒して、その先にケーキ屋が存在していたこと。
無垢なものだけが持つ、力。

こぐまは「ケーキのこと以外何もしらない」で店員を無垢に慕い、店員との交流で世界を広げていく。
ツイッター見てると子育て層からの支持が厚いが、それもよくわかる。
「こぐま」だし店員より小さいから、本当に熊としても子どもなんだろう。
そんなこぐまがひたむきに仕事をし、逆に仕事以外の事を知らずに生きている。
偶然の出会いからそこに支援者が現れ、次々新たな扉を開いている。
もうね、これに癒されない訳がない。
私はもう十二分に世の中に染まった大人で、だからこそこの無垢なものを守りたいと思うわけで。



なんて小難しい話はおいといて。
とにかくこぐまが可愛い。
牛を怖がるこぐま。
店員の風邪を心配して泣くこぐま。
伝説の「にじゅうえんですか?」
コインチョコに目をキラキラさせるこぐま。
新商品を自慢げに店員に見せにくるこぐま。
可愛い鏡餅を割られまいと隠すこぐま。
プリンアラモードが言えないこぐま。
いや、どの4コマも可愛い。

普段どんな作品でも妄想したくなる二次創作気質の私。
だけどコレは可愛すぎて、思考停止する。
私の思うビジュアル的最強はまだコミック化されていないバレンタイン編の中の1コマ。
だから今既に2巻が楽しみでしょうがない。
気の早い話ではあるんだけどね。

ツイッター連載分見てると、こぐまの急成長ぶりにニヤニヤが止まらない。
店員の親ばかぶりも加速。
こぐまよ、可愛いからこのまま大人にならずにいて頂戴。
ああ、こぐまの焼いたケーキが食べたい。

彼は15歳@進撃の巨人22巻

久しぶりの進撃の巨人の話。
パソコンの予測変換に「進撃の巨人」が出てくるんだから世も末だ。

詳細なネタバレは避けるけども、この巻と前の21巻で一気に話がまとまってきた。
敵が「人間」であったことがはっきりして、クリスタが女王ヒストリアとしてどんどん成熟していく。

子供たちの物語と大人たちの物語が混ざり合い、交差し、境目が曖昧になる。

兵士と言えどもエレンは15歳。
他の104期の兵士たちも大差ない年齢で、要するに子供だ。
そんな彼らが政治に巻き込まれる。
今の日本では選挙権すら持たない年齢の彼らが、国民の運命の決定に関与しなければならない世界。
善と悪、人と巨人、シンプルな二項対立の世界ならそれでよかったのかもしれない。
でも、そこに変化が起きた。

心のない、話の通じない、自分たちとは無縁の存在だった巨人。
しかし巨人の背景が明らかになっていくうちに、巨人を自分たちから切り離せなくなっていく。

分かりやすい敵と味方。
分かりやすい「悪」。
今までエレンたちの前にあった世界。
15歳が戦えたのは戦いの理由が明確で、敵に同情すべき「物語」がなかったからだ。

命がけであり、恐怖心はあるものの、罪悪感はない戦い。
それが巨人との戦いだった。

巨人の背景が明らかになる事で、エレンたちは罪悪感を持つのだろうか。
いや、それにはもう遅すぎた。
彼らは巨人を殺し過ぎた。
もう今更罪悪感を持ってしまったら、生きていけない。
「巨人」を討伐するのは「殺人」ではない。
そうでなければ、討伐数を誇りに生きてきた自分のアイデンティティが崩壊してしまう。

彼らは危うさを抱えたまま、壁の外に出る。
壁の外には広い大地と果てしない空。
そして憧れていた「大きな塩の湖」、海があった。

初めての海で遊ぶエレンたち。
それは21世紀の日本の少年たちと変わらない無邪気さだ。
水を掛け合い、砂浜を走る。
15歳の彼らが友達と遊ぶ自然な姿。
ハンジが初めての海ではしゃいでいるのはちょっとアレだが、まぁご愛嬌だ。

けれど、目標を達成したからといって全ての歪みがなかったことになるわけではない。
ふとした瞬間にそれは忍び寄ってくる。

そして22巻の最後のエレンの台詞に繋がっていく。
海辺で友達と遊んでいる牧歌的なシーンに似つかわしくない、「怖い」一言だ。

「駆逐してやる。この世から1匹残らず」
この1巻での名台詞に呼応しているのだろうか。
あの時の迷いのない、憎しみに埋め尽くされたエレンと今のエレンは違う。
今のエレンの台詞の方がずっと恐ろしい。
エレンは「少年兵」だったのだと、まだ15歳なのだと、改めて目の前に突き付けられた。


私はハンジやリヴァイと同世代であって、エレンたちの年齢はもう遠い過去だ。
だから思うのだろう。
少年兵の悲しさを。
でも戦いしか知らない人生なのは「大人」として描かれているハンジやリヴァイも同じなのだ。

もし、敵がすべて倒せたとして。
彼らに新しい世界を作れるのだろうか。

好きで逃げたくてわからない@恋は雨上がりのように7巻

物語はいよいよ佳境へ!!
ケガがもとで陸上部を離れバイトに勤しむあきら。
そのあきらが思いを寄せるオッサン店長。
あきらに憧れ、陸上にもどれと迫る後輩。
あきらの理解者である部活仲間。
ここにバイト仲間の群像劇要素が少し入りつつ、あきらと店長の恋愛になるかならないかの心の揺れ動きがメインのこの作品。
決して「オッサンが美人女子高生に好かれてウハウハ」な話しではない。
店長はあきらの危うさも、あきらの想いの危うさもきっと分かっているから。
臆病な大人は、臆病になりかかった少女に何をしてあげられるのだろう。

ターニングポイントとなったのは6巻だ。
6巻ではっきりとあきらが「揺れ」はじめ、この巻でそれがさらに大きなうねりとなっていく。
陸上への思い、店長への想い。
自分の心からは逃げられないから、心が揺れ始めたら行動も揺れてしまう。
今のあきらの問題は店長への恋以上に、自分の事。
陸上への未練と、それを表に出せない自分。
怖いのか、怖いなら何が怖いのか。
まだ彼女はそれを言葉にできていない。

そして店長も…
あきらの陸上への思い、自分への想い、自分の想いの三つ巴の中で足掻いている。
だけど、それはダメだ、と言いたくなるシーンが1つ。

あきらは部を辞めたわけではなく、ただ行っていない状態。
雨が降って部活が中止になったある日、あきらのバイト先に部の後輩たちがやってくる。
あきらに会いに。
それを見て表情のこわばるあきら。
気付いてしまう店長。
店長はあきらに「キッチンでデザートの盛り付けやってよ」と言ってオーダーを代わってあげてしまう。

ダメだよ、それは。
そこで「あきらが傷つかないように」は違うよ。
高校なんてもとから3年しかないんだから。
部に未練がわずかでもあるなら、あきらにはもう逃げている時間はない。

どれだけ心が痛くても、見ている方の心まで痛くなるような状況であっても。

誰も手を出してはいけない瞬間がある。
見ている方がつらくても、見守らなきゃいけない場面がある。
傷つくことが必要になる時が、傷つくことでしかできない成長がある。
今逃げたらもう戻れない、そんな岐路が人生には必ずある。

周りは手を出せないけど、その人を1人にしちゃいけない時がある。



あきらの店長への想いが逃げなのか、本物の恋なのか。
それはあきらが陸上競技に復帰して、前のタイムを超えるまでわからない。
あきら自身にも、その瞬間までわかることはできない。

この「壁を越えてみないと、その先の自分のことは何もわからない」状態がどれほど怖いか。
壁は超えたい。
その先に自分の目標があるから。

でも、壁を越えた先に幸せがあるかはわからない。
壁を超えたら、今抱えてる大切な物がニセモノになってしまうかもしれないから。


逃げたい、逃げたらいけない、逃げたい、逃げられない。
そんな痛みがいっぱいにつまったこの作品。
主役の2人以外もみんな、何かを抱えて生きている。
私たちも何かを抱え、何かから逃げたい瞬間もある。

逃げても逃げても頭にこびりついて離れないぐらい、好きなもの。
「逃げるために恋をしてるんだ」と言われたら反論できないぐらい一般的にはダメダメな「好きな人」。

わかる。
わかりすぎて、自分まで痛い。

あきらと店長の恋ももちろん気になるけれど。
「逃げたい」
「逃げられない」
「壁を越えたい」
「超えるのが怖い」
全部共感できてしまう。
あきらがどの選択をしてもきっと私は共感するだろう。
でもできれば。

逃げないで向き合って、壁を乗り越えて、壁の向こうで幸せになってほしいなあ。

きゅうべえ気持ち悪い@魔法少女すずねマギカ

きゅうべえ気持ち悪い。
いや、今回のこれは悪い意味で。
きゅうべえは人ではない。
感情を理解しない。

それは初期のマギカシリーズではいい意味の気持ち悪さ、不協和音を産んでいた。
しかし。
今回は違う。

「ボクにはわからない」
という台詞があるのだが。
これを補完すると
「彼女の目的は(最重要ネタバレ)だけど、その動機が理解できない」だ。
その前の質問は「彼女はなぜこんな事をするの?」
ここで「目的を知っているけど、その動機が自分の理解を超えているから、一切説明しない」はただの「感情のない生命体」では説明がつかない。
「感情がないゆえに躊躇なく人をだます」という設定になる筈だが、初期きゅうべえはそうじゃなかった気がする。



スピンオフを重ねるごとにきゅうべえが上手い事言いたくないことを言い逃れるスキルを身に着けているのが気持ち悪い。
これを意図してやっているのか、ご都合主義がきゅうべえに集中してしまった結果なのかはわからないが。

とにかく今回のきゅうべえは気持ち悪い。




そして、今回は魔法がズルい。
それを使っちゃったらミスリードし放題じゃん、という魔法登場。
なんつ~か…
推理小説じゃないからさ、推理できなくてもいいんだよ。
多少ならアンフェアでもいい。
でも、前提が全部ひっくりかえるようなのは…
バランスの問題だね。


魔法少女たちの「契約の動機」が今回はばらつきがあって深い。
「どれだけの奇跡なら命を懸ける価値があるのだろう」
この重い問いってマギカシリーズにおいて中核をなす疑問だと思う。

本当に後悔しないだけの奇跡なら、絶望もしないはずだから。

ただ…病気や障害を治すための魔法少女契約はちょっと複雑な気持ちになる。
健康な体を望むのは当然なのだけどね。
割り切れない。
10代の少女だから、「自分を受け入れる」なんてできない未熟さも自然。
だからこそ、痛い。

「普遍的な痛み」を描く作品は強い。
誰しも奇跡を願うような荷物は背負っているものだ。
私も今目の前にきゅうべえがいたら願ってしまうであろう奇跡がある。

「奇跡」と「代償」。
人の感情だけがエントロピーを超えられる。
この2つはとても重い。

だけど、そろそろ粗製乱造なスピンオフはやめてほしいな。
もっとじっくり世界観に浸りたい。
3巻は短いよ。
掘り下げられた作品が読みたいなあ。
…書くかwww
数年ぶりの二次創作復帰で。
頑張れるかなあ。
頑張れなかったら、きゅうべえ、カモーンw

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プロフィール

朽葉

Author:朽葉
このページの管理者、朽葉。
とにかく生のステージが好き。
お笑いメインに、芝居、宝塚と西へ東へ。

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