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2019-09

ふつうの私、ふつうな私@WONDER

改めて残念な事なのだが、私は俗物である。
多少知識を得たところで、高潔な人柄にはなれないし、わかりやすいカタルシスに酔ってしまう。

だからこの話に「感動」してしまう。
陳腐なこんな言葉しか出てこない。



主人公、オーガストは顔の骨に奇形があり、人から避けられる顔貌である。
特に下顎の障害が重かったため噛み合わせも非常に悪く、食べこぼさずに食事をすることはできないし、チップスを砕いてスプーンで食べたりすることもある。
だから言語だって療育をしてやっと人にわかる発音にまでたどり着いたのだし、聴覚だって万全ではない。
手術を繰り返したし、見た目で避けられる事も多かったので就学年齢になっても学校に行かず、自宅学習をしていた。
そんなオーガストだが、ついに5年生(この話の舞台においては中学校に上がる学年)から学校に通うことになる。

最初はもちろん上手くいかないことだらけだ。
けれど1年間学校に通ううちに彼は…



小説としては、正直言って非常に面白い。
章ごとにオーガスト、オーガストの姉、オーガストの友達、と視点が変わっていくので、登場人物への見方も重層的になる。
オーガストを上手く受け入れられない周囲が悪者になりすぎず、厚みのある物語になっている。


けれど、読み終わった後ふと思うのだ。
この本の帯には「オーガストはふつうの男の子。ただし、顔以外は。」とある。

もしオーガストが本当に顔以外普通だったら。
オーガストは受け入れてもらえなかったのではないか?と。
「顔以外ふつうの子」と「顔もそれ以外も普通の子」だったらみんな後者を友達に選ぶだろう。
大きなマイナス要因があり、ほかは普通の子は総合すれば「普通よりだいぶ嫌な子」になってしまう。
「顔以外むちゃくちゃ優秀」だからこそ、オーガストは受け入れられたのだ。


なんせオーガスト、「入退院を繰り返しつつの自宅学習」だったというのに、私立一貫校の入学審査に合格。
その学校で一番難しい選択授業をとり、しかも入学した一年目に成績優秀者として表彰されている。
おまけに自分の顔を自虐ネタにしちゃうコミュニケーション能力の高さ。
もちろん対人関係の経験が圧倒的に少ないので、それゆえの失敗もあるのだが、オーガストは一貫してジョークの上手い少年として描かれている。
ジョークが上手くて、学校行ったことないのに成績優秀者。
顔の事で周囲がヒソヒソしても学校に通い続ける強い意志の持ち主。

ちっとも「普通」なんかじゃない。
「むちゃくちゃ優秀」だ。





結局のところ、私も平凡な俗物だ。
「ハンデを持つ人が他の部分で才能に恵まれ、ハンデを克服し最後には周囲に祝福され、イジメてたやつらは罰を受ける」話には感動してしまう。
分かりやすいカタルシスに酔ってしまう。


頑張っている人を応援したいと思うのは悪い事じゃない。
ハンデを乗り越えた人は素直にすごいと思う。

だけど、心のどこかに疼きがある。
もしオーガストがハンデによる周囲の好奇の目に押しつぶされそうになって、僻みっぽくなっていたとしたら。
私は憐れみではなく友人として手を差し伸べる事なんてできるのだろうか?
「ハンデがあるけどすごい人」に感心してるだけの自分。

もし私がオーガストのようなハンデを持っていたとしたら。
自虐ネタになどできないだろう。
いや、それ以前に学校に通う決心ができないだろう。


「自分じゃない誰かが、自分にはできない偉業を成し遂げてる!」


それに感動しているだけの自分。
分かっていたけど、知っていたけど。

私、カッコ悪い。




けれど、オーガストは最後まで「自分は顔以外ふつう」だという自己認識のままでいる。
「ふつう」の人は何十回もの手術に耐えなくてもご飯を食べられるし、顔を自虐ネタにしなくてもクラスメートに話しかけることができるのに。
オーガストは「普通の顔の人生」を体験していない。
だからたとえ彼の道が一般的には茨の道であったとしても、目の前のこの道がオーガストにとっての「ふつうの道」なんだ。


この本は一応児童文学なのだが、大人が読んだ方がよりズッシリ来るかもしれない。
「ふつう」ってなんだろう?
自分は「ふつう」だろうか?

そして、「ふつう」でないと感じた人に勝手にヒーローであることを期待していないだろうか?
「ふつう」でない部分のある人が「ふつう」の人のようにその事に悩んでいた時、手を差し伸べられるだろうか?



今夜はカッコ悪い自分とキッチリ向き合おうと思う。
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失うとは何か、小説とは何か@世界から猫が消えたなら

ベストセラーというものは世相を反映しているはずだ。
だから、たまには私もベストセラーを読む。
この1冊もそう。

「世界から猫が消えたなら」

あらすじはこうだ。
主人公は母を失い、父とは気まずくて会話がなく、恋人もいない。
猫だけが癒しの独り暮らしの郵便配達員。
余命いくばくもない末期がんと宣告される。
そこに悪魔が現れて、「何かを1つ消すごとに寿命を一日伸ばしてあげる」という。
何を消すかは悪魔しだい。
悪魔は絶妙に空気を読みながら、いろいろ消していく。
「消す前にそれを一回使っていい」という救済ルールを活用しながら主人公は元彼女や友人と最期の別れをする。
その過程で亡くなる直前の母の真意や父の思い、家族とは愛とは何かを見出していく主人公。
最終章で、主人公は「猫を消すぐらいならもう生き続けなくていい」と決断する。
そして死の前に主人公は猫を託すため、最期の言葉を伝えるため、郵便配達員の服を着て父のもとに向かう。



いい話だと思う。
大切な人を失う痛みは普遍的なテーマだ。
ためになる「名言」も話のあちこちにちりばめられている。
だが。
普遍的すぎるのだ。
余白が多い、ともいえる。

余白を埋めていく事は作品の1つの楽しみ方だ。
しかし、余白が多すぎてはいけないと思う。


私にも喪失の経験はある。
もういい年だ、大切な人を何人も見送った。
祖父母、恩師、恋人。
けれど、それはあくまで私の体験だ。
それを加味して初めて完成する物語は、小説ではないと思う。

読後感としては「画集を買ったら塗り絵だった」感じだ。
塗り絵だって楽しくはある。
私の塗った塗り絵は他の人とは違う私だけのスペシャルなものだろう。
でも、私は画集を買ったはずなのに。
その作者の感性に触れたかったのに。
作者は自分を「からっぽ」と評しているとあとがきにあった。
それも一つの個性なのだろう。
だが、私は塗り絵ではなく画集を買ったのだ。
作者が、プロがつけた色を見たかった。
私には到達できない、圧倒的な何かを。


そして、「自分の喪失」に当てはめやすいよう、随所にオリジナルの「名言」が配置されている。
それがまた小説ではないという印象を強めている。
「名言」は確かにいいことを言っている。
しかし、多すぎる。

小説において名言は独立した名言でない方がいいと思う。
この人物がこのタイミングで言うから沁みる、そういうものであってほしい。


ただ、これがヒットするのは非常に現代的で、今の日本社会らしいのかもしれない。
プロの作る圧倒的な何かより、素人くさいぐらいのほうがいい。
手の届きそうな身近なものがいい。
松田聖子からAKB48への流れと同じ変化がここにはある。

ネットにある「夢小説」。
主人公の名前は読者が入力する。
展開するのは「私」が憧れの世界に入り込んだ物語。
憧れのスターが自分のものになっている世界、自分だけが見られる世界。
隣の誰かが同じものを読んでいても、それはその人の世界であって、自分の世界は侵されない。

こういう時代だ。
もうその流れは止められない。

それでも私は思う。
小説は未知の世界に誘う、プロの仕事であってほしいと。

作者のオリジナルの「喪失」を読みたい。
からっぽの自分に至るまでの喪失を。
それこそが小説であり、物語だと私は信じている。

I LOVE ムーミン!

ムーミン大好き!

いや、今更何を叫んでるんだって話だが。


朽葉姐さんはムーミンが大好きです。




ちなみに原作派。
アニメの可愛いだけのムーミンじゃないの。
ヤンソンの描いたシュールなムーミンよ!



文庫本を子供の頃から愛読しててね。
ルビーの王様のエピソードが1番好きよ。
ワクワクしたなあ。
描写が精密でね。
実在しない宝物にトキメキながら読むわけよ。

子供ってさ、宝物が好きじゃない?
男子が冒険物とか海底二万里読むのと同じよ。
今でも私はルビー好きだもの。
持ってないけど!


ムーミンたちはゆるく冒険し、宝物をたくさん見つける。
それは必ずしも金目のモノではないけどね。
宝物の描写が豊かで精密だからこそ、繰り返し読みたくなるの。

やっぱりね。
物書きは愛するモノを書いてナンボだと思うわ。
私は絶対アンチ記事を書かない。
その原点にあるのは宝物の描写にワクワクした記憶。
あのワクワクは愛があるからこそよ。

今のティーンエイジャーに、このブログを通してそれが伝わるといいのだけどね。

しずるさんと気弱な物怪たち

久々のラノベ。
短編集的な軽いものだけれどね。


「しずるさん」の謎がいろいろアレな気はするが、謎解き自体はとても面白い。
イラストも綺麗だし、テンポも悪くない。


ただ。
何かがなじめないんだよな~。
やっぱり私はラノベ世代じゃないのだろう。

ストーリーも絵も魅力的なのに、何かがどうしてもしっくりこない。
作品側に原因があるわけじゃないのも、なんとなくわかる。

なんだろう、文化が違う。
私の年齢でもラノベに馴染める人はいるのだから、年齢のせいでもないだろう。


厨二病的な何かは好きだ。
でも、ラノベってストレートじゃない厨二病っていうか。
上手く言えないのだけど。


む~。
久々に読んだ本の感想がコレってのもなあ。
最近活字離れしてたからね。
これからは少しは本を読まねば。

ラプンツェルの翼

ラノベはこのカテゴリか?
う~む。

ただ、ラノベだけで1カテゴリ作るほどラノベ読む気がしない(汗


で、コレは弟がどっかから1巻だけもらってきた。
なんで全部もらってこないんだ!w

んで、私が読んでハマり全部買う。

…弟の思うツボじゃね???


さ、内容内容。


幼馴染ヒロインと、突発押しかけヒロインと、平凡な男子高生って事になってるハイスペ少年主人公。
あ~王道。

天使と悪魔が絡み合い、人が翻弄される。
あ~厨二。


だがしかし。
面白い。
認めたくないが、面白い。


ヒロインの奈々が可愛い(ツンデレ属性、妹属性とまあテンプレ
もう一人のヒロインだって、世話焼き幼馴染だからね。
テンプレだけを組み合わせて、こうもオリジナルになるというのがすごい。
ヒロイン2人が仲良くなっちゃうのだって、王道にも程があるのに、あ~もういっそ百合でもいいやと思うぐらいのクオリティ。

全4巻。
一気読み。

随所随所でロジックパズルとかあったりして、ラノベならではの自由さがいい効果を生んでいる。
挿絵が邪魔になっていない。
設定が程よく現実離れしているからだろう。


つ~か、ヒロインの奈々はガチでロジカルシンキングできてしまう。
主人公よりよっぽどパズルに強い。
これはある意味男ヲタ向けの作品においては珍しい傾向。
ドジっ子に代表されるように、男ヲタは基本「出来の悪い子ほど可愛い」傾向にある。
だから完璧超人っぽいキャラに限って雷がダメとか料理が兵器とかなんだよね。
それなのに、奈々は超頭がいい。
斬新だ。


なんだ、最近「リケジョ」とか言ってるし、頭の良い女子が流行ってるの?
朽葉姐さんの時代、来た?来たんだよね???
しめしめ。


ハーマイオニー効果かね~。
エマワトソン、マジ天使。

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プロフィール

朽葉

Author:朽葉
このページの管理者、朽葉。
とにかく生のステージが好き。
お笑いメインに、芝居、宝塚と西へ東へ。

朽葉姐さんとコンタクトを取りたい方はツイッターID「renrenren12」へ。
http://kutibakareha.blog117.fc2.com/blog-entry-479.htmlのみ、BBS目的にコメント欄公開中。

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